日記
みんな、同じ時間を生きているわけじゃない
先日、友人から『人によって、時間の感じ方って違うと思わない?』と言われました👩🏻
返答する前に目的地に着いてしまったので、その答えをこの日記に書いておきます✏️
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私たちは、同じ時間を生きているようでいて、実はそうではないのかもしれません🤔
というのも、言語によって、時間そのものの感じ方や捉え方が違うと思うからです👍🏻
それぞれの文化圏の人々は、それぞれの言語を通して世界を認識し、その結果として、異なる時間を感じながら、異なる時間軸で生きている🌏
私は、そんなふうに考えています🎶
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例えば、中国語には、
『昨日』『明日』という言葉があります。
でも、動詞そのものは、
時間によって形が変わらないんです🇨🇳
日本語なら『行く(現在)』と『行った(過去)』で変化するけれど、中国語では、
『私、昨日、会社、行く』
『私、明日、会社、行く』
『私、今、会社、行く』
という感じで『行く』は変えずに、
『昨日』『明日』などの時間を表す言葉を組み合わせて、時間を伝えています⏳
(補足:中国語は時制による動詞変化がないけれど、了・过・着などのアスペクトで時間を表す言語。)
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一方で、日本語や英語・ドイツ語(ゲルマン語)は、動詞が必ず時制によって変化します!
ただ、その『時制の持ち方』も
言語ごとにバラバラなんですね。
『現在系&過去形』だけを持つ言語。
『現在系&未来系』を区別する言語。
『現在・過去・未来』の三つを持つ言語。
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たとえば日本語では、
『知っていると思っていた』
『知っていたと思っていた』
は、一見似ていても、
意味は全く違う時間を表しています。
知っていると思っていた‥『あなたは、その時点で知っている』と私はそう思っていた。
知っていたと思っていた‥『あなたは、それよりも前から知っていた』と私はその時思っていた。
この二つには、
『過去』と『さらに前の過去(大過去)』
という区別があります。
このように、日本語は時間を何層にも重ねられる言語なんです🇯🇵
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英語はさらに過去完了などで細かく区別できるし、フランス語には未来完了まである🫨
特にいちばんおもしろい✨アフリカの一部の言語では、未来だけを特別な形で表す未来形がはっきりしないものもあって、『今のこと』『起きていること』を中心に時間を捉える傾向があるとも言われています。
明日のことを考える概念がなかったとも思えて、なんか好きです₍ᐢ ɞ̴̶̷.̮ɞ̴̶̷ ᐢ₎
説明下手ですみません😖🙏🏻
伝えたいことが上手くまとまっているか不安ですが、最後まで読んでくださり、ありがとうございます☺️
