日記
映画『ドライビング Miss デイジー』
映画『ドライビング Miss デイジー』は、白人女性の「デイジー」と、黒人の専属運転手「ホーク」が、共に歳を重ね、老いていく話。
デイジーの家で働いている黒人家政婦の「アデラ」が急死(脳梗塞?)したとき。
デイジーが『彼女は幸運だった』と言って、ホークも『そうですね』と返すシーンがあるんだけど。
『老い』による『孤独』を感じる前に、彼女は苦しまずに死んだ。それはとても幸せなことなのよ。って意味なのかもしれない。
最後、デイジーはひとりで生活をすることが出来なくなって、富裕層向けの施設に入所するの。
まあ、ホークは頻繁にデイジーに会いに行ってるわけでもなく、たまに『元気?』って顔を見にいくんだけどね。
そのくらいの距離感で、自分のために会いに来てくれる『友』がいるって、デイジー、君も幸福だよ。
多分、人間の最たる孤独とは、『老い』『死』で『誰からも必要とされなくなった時』なんだと思うの。
『自分が死んで泣いてくれる人がほしい』って言う人がいるけど。
いやいや、
死んだ後じゃ何の感情もないし(笑)
そもそも、
そんなに悲しくて泣くなら、生きてる間に会いに来てよ!ってね(笑)
何もできない、おばあちゃんおじいちゃんになった自分のために時間を割いてくれる。
それって、容姿・学歴・年収・年齢と言った肩書きじゃなくて、存在そのものを必要としてくれる感があって、純粋に嬉しいよね。
それが本当の『友』だと思うよ。
元気なうちに、そんな『友』と出会える生き方ができたらいいよね。
まあ『何とかやっていくのが人生ですな』。
『醤油』『金』『銀』『AGI』
相場の『金』と『銀』の爆上げをみると、企業の価値を超えた『AIへの期待』に、資金を全振りしている様子が伺えますね。
吉田は最近『醤油』にハマっていて、『地ビール(クラフトビール)』ならぬ、小規模な醸造所で作る醤油を食べています。
友人に『醤油』の話をすると『酵母研究では、キッコーマンには勝てない。』と言われました。
そりゃあそうだ。なんせキッコーマンは『醤油で世界シェア1位』のメーカーであり、売上高の約8割は海外事業という『世界が認めている醤油』なんですもの。
そこで、今のような相場をみて考えてしまいました。
AGI(汎用人工知能)の世界では、小規模な醸造所もAIを使って、キッコーマン並みの精密な発酵制御の醤油を『再現』できるのではないか‥と。
これは、醤油だけの話ではないと思います。
例えば、『IQの格差』がAIによって均質化し、『日常の悩み』への回答すらAIによって標準化される。『思考』さえも平均的な形になってしまいそうです。
食品はどうなのでしょうか。
最近は、アニメ「おいしんぼ」を観てる影響なのか『食は文化の最後の砦』な気もしています。
世界中の『技術がAIで均質化』し、あらゆるモノが安価に、あるいは無料になれば、『企業という概念』すらなくなる気もします。
それは、『各国の文化』が忘れ去られてしまい、国の国境すら無意味なモノになるのかもしれない、と感じました。
なんかスゴイ時代ですよね。
そんな感じで、『均一化された世界』に残りそうな『価値』とは、誰もが100点をとれるようになった無価値な『正解』ではなくて、『選ぶ無駄』を笑い合える友との時間な気がします₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎
深夜1時、友人との会話『人情』
↑(今日のお弁当)
友人と帰り道に『人情』について話しました。
友人『みさ氏は、落語の人情噺が好きでアルな。多分、みさ氏の求めているコレカラの時代の《仲間の在り方》とは、日本人の人情でアルよ。』
吉田『ほほう。人情でアルか。良きなあ。コイツ‥また馬鹿なこと考えて‥無駄なことをしやがって‥ニヤニヤ‥という見守るというか、おもしろがるというか、そういう《気持ちいい距離感の人間関係》ってええな。』
友人『人情とはナニカを昔からずっと考えてしまう。相手のためにナニカをしてあげたい、でもリスクを背負うのは‥。』
吉田『落語の人情噺だとさ、困ってる人を助ける時に葛藤するわけよ。そこがおもしろいよな。』
友人『その葛藤が難しいんだ。例えば、自分が良かれと助けたことが、相手にとって幸福とは限らない。みさ氏の好きな《日本むかし話》だって人情の葛藤ばかり。日本人はずっとその正解のない答えを考え続けてきたんだと思う。』
吉田『今朝の快便具合で、今日1日の気分が変わるように、そんな人間の気分で人情具合も変わりそうだけどな。』
友人『それは、落語という物語の噺や。そんな単純なモノでもないと思うんだよ。』
吉田『(心の声)そうか‥。コヤツのおもしろいところは、この生真面目さ‥。それはそれで乙な鑑賞物でアルな‥。』
日本人の『おもしろがる』という優しさ
↑(裾野から見た昨日の富士山)
落語はいい!
『落語は人間の業を肯定するもの』って言うけど、この「人疲れの激しい世」で苦しむ人の心を落ち着かせてくれまする。
改めて、日本人の『おもしろがる』心ってすごいなーと思いました。
ロバート・ハイラインのSF小説「異星の客」に『笑いとは攻撃なんだ。攻撃の裏返しなんだね。』『違うよ。笑いとは優しいものなのよ。』という台詞があるんだけど。
「異星の客」で言う『優しさ』は「救済」で、その落語で言う江戸っ子の「おもしろがる」は、もっと突き放したような感じなのかも?
生活のために小賢く立ち回る女の浅ましさも、孤独だと虚勢を張る男の滑稽さも『お前も馬鹿だねぇ、まあ俺もだけどな。』みたいな(笑)
漫画「へうげもの」に登場する「佐介」も、そんな『人間のどうしようもなさ』をおもしろがって生きている感じで、読んでて心が落ち着きまする。
「命のやりとりの最中に、エロ本を優先したか‥。人は何を必死に生きてるのだか。おもしろ‥ぐふっ。」
「人は死ぬときも馬鹿なんだ」って思うと、人生がより「おもしろくなる」気がしました。
松本大洋 ZERO
心が疲れたときに読みたくなる漫画のひとつである、松本大洋の『ZERO』。
リングの上でしか生きられない孤独な男の話なのですが、トラビスとの試合で殴られて死んだらよかったのに‥と毎度思います。雅はどうやって生きていくんだよ‥。

友人は『きっと雅は繰り返すんだよ。またリングに上がって死ぬのを待つんだよ。』『明日のジョーの最後は、みんな死んだってことにしてるよな。』と言ってました。
そうか‥。でも、なんとなく雅はリングの上で死ねない気がするんだよな‥。
だって、あの会長にとって雅はもういらないだろうし引退させられる可能性も高そう‥。それに雅よりも強い人が現れるのかな‥。
あ、でもいつか雅よりも強い人が現れるかもしれないし、荒木が会長を説得するかもしれない‥!友人は希望を持ち続ける人なのかもしれない‥。
映画『ミリオンダラベイベー』の最後。『相手の苦しみを終わらせてあげる』『相手の尊厳を守るために‥』が、私の中でホンモノの『愛』だなと思ってしまいます。
はあ‥。ZEROの漫画の絵がすごい故に、私は雅の孤独に救いを求めているのかもしれない‥。




