日記
漫画『へうげもの』に登場する千利休
今日会った友人と『思いやりって何だろう?』なんて話をしました。
ちょうど今、漫画『へうげもの』を読み返しているのですが、そこに登場する『千利休』がめっちゃおもしろい!
筋肉質の怪力で、大人しく切腹するどころか『これこそ、茶席よ』と暴れまくります(笑)

というのも、自分を介錯するのは親友みたいな奴だし、その場にいる関係者もみんな友人なので、彼らに嫌な思いをさせないように、あえて悪役を演じて『こ、こいつ、利休マジやばい、はよ切腹してくれ』みたいな雰囲気を作ったのかもですね。
むむ。これも『思いやり』ならば、死ぬ時まで‥。
まあ、切腹時に暴れまくった出来事は、漫画の中のことなので、実際はどうか分かりません。
ただ、利休の言う『侘び寂び』とは、茶室にいらしたお客さんに居心地良く過ごしてもらえるようにすることなんだろうなーと。
その『居心地のよさ』には、茶室・客・茶釜、これだけで十分なのかも?
そして、茶室のおもてなしには『正解』がないので、それぞれの『個性』を大切にして、相手を思いやる心が大切ですよ、ってことなのかもしれない‥と思いました。

利休の『業』は、その『思いやり』の心をたくさんの人に知ってもらいたい‥ということだった気がします。
そう考えると、私たちは『うーん、この人優しくないな。もっと相手のことを考えればいいのに。』なんて普段思ったりしますが、それも『業』なのかもです。
『え、じゃあどうすりゃいいんだよ。』って思いますよね。
利休の師匠である『丿貫(へちかん)』は、人里離れた田舎の山で、ひとりヒッソリ暮らして、侘び寂びを楽しんでおられたようです。
その生活だと『侘び寂び=思いやり』を人に強要することもなさそうですな。
ただ、2030年を目前とした今、ヒューマノイドが街を歩いたり、人類がVR空間に浸る世界を考えると、対面して会う人間関係がいかに貴重なことなのか‥と思ってしまいます。
なんだか、利休が求めた『一期一会』みたいなリアルな思いやりが、より贅沢なものに感じますね。
ああ‥思いやりが贅沢品だと認知した瞬間、何でも許容できる気がしてきたぁぁ。



