日記
スタニスフ・レム『泰平ヨンの未来学会議』
大腸検査の静脈麻酔で、人生初の「バッドトリップ」を経験。その直後に読み終えたのが、スタニスワフ・レムの『泰平ヨンの未来学会議』。
主人公の「泰平ヨン」は、人口爆発に直面した「地球の行く末」を話し合うため、コスタリカで開催された「未来学会議」に参加する。
しかし、会場のホテル周辺で暴動が発生。
水道水に混入した薬物や、撒き散らされた「誘愛剤」「慈愛剤」によって、人々は理性を失っていく。
名前の通り、通行人を愛したり、利己的な自分を悔いて自傷したり、自らの臓器を他人に差し出そうとしたり、いろいろ。
仲間と共に、ホテルの下水道へ逃げ込んだ「泰平ヨン」も、深い「幻覚」の世界へと引きずり込まれていく。
検査の前日に読み始めたときは、客観的に楽しんでいたけど、静脈麻酔による「錯乱」を経験した後に読むと、物語のリアル感が増した。
幻覚の中で事故に遭った「泰平ヨン」は、ボロボロの肉体から「意識」を取り出して、黒人女性の肉体に移植される。その、「意識」と「肉体」が繋がった感じの生々しさが、幻覚から目覚めた後も残っている‥そんな様子も、リアルに体感できた気がして、ゾワゾワした。
そんなことを思っていたら、ふと浮かんだんだけど「現実と幻覚(妄想)の境目」なんてあるのかな。
私たちが「真実」と呼ぶ基準とは、人間が創り出した基準であって、真実とは限らないし。そもそも真実ってナンダ。
余談だけど、例の静脈麻酔の経験談から、私は薬物ハイになると「空を飛びたい」と言ってビルから飛び降りるタイプなのかもしれない、と思った。「重力から全てを解放されたい」「肉体から解放されたい」‥みたいな感じ。
そのことを友人に話すと「それは人間の本能だ」と笑ってくれた。(すき)学生時代に読んだ、糸井重里のエッセイで「地上から両足5センチ浮くだけでも幸せじゃないか。いいじゃないか。」みたいな文章を読んで、少しイラッと自分を思い出した。そのことも友人に言うと、また笑ってた。
物語に戻りましょうか。
薬物漬けになった「泰平ヨン」は、薬物の作用が切れているはずの「現実」さえ信じられず、重篤な「精神病」と診断される。「未来の医学に託そう!」と言うことになり、2037年まで冷凍保存される。
2037年、解凍された「泰平ヨン」。
ここから、未来を生きる「泰平ヨン」の日記が続く。レムの未来予想が詰まっていて、めっちゃおもしろい。
まず、「優生思想」と「共同教育」。
SFによくある「出産には権利が必要」ってやつね。卵子を提供する半母と、母体を提供する半母の二人によって子育てをする。一人の母だと、子を自分の分身として私物化してしまいがち。子を「自分の所有物」として捉えず、一人の人間として向き合うためのシステム。もちろん教育はヒューマノイド。
私はこれいいなーと思ってしまう。
人間の歴史を振り返ると、子供は「生きるために必要な労働力」であって、可愛がるために産むのではなかった。何不自由なく生きられる現代では、子供を労働力としてみることがなくなった。そんなの時代が違うんだから当たり前だ、子供を労働力とするなんてひどい、なんて思われる方も多そうだけど、案外悪いもんじゃないかもしれない。「家族」「妻」「夫」「子」とか、概念で接してしまうから、すれ違いが起きる。同じリビングに居ても孤独に感じる。昔は家族をひとりの「個」として、「構造」の一部だと認知していたような気がする。多分、今より孤独じゃなかった気がする。
そして、「ニューラルリンク」。
脳(意識)を別の肉体へ移し続けることで、人は永遠に生きる。それゆえ殺人は罪ではない。ただし、生き返りを阻止する「脳の破壊」だけは最大の重罪とされる。
えー、1971年に「ニューラルリンク」を考えるなんて、レムはすごいなあ。私も早くニューラルリンクを埋め込みたい。嫌なものは見たくないし、見るものすべて「自分の世界フィルター」でみたい。(笑)
最後は、「感情の調整」。
人間は生き残るという本能から「利己的」になってしまう生き物。それゆえに、争いが絶えない。そのため、生まれながらに薬剤を打たれ、生涯にわたって「適切な慈悲心」と「距離感」を保つことができる。
うーん。これも、いいんじゃないかな〜と思ってしまう。人間の苦しみの原因は「人間」であるからね。「愛」でさえも苦しみの原因になるし。(あー、書いてて思うけど、ほんと無痛の世界になったんだな。)
その薬剤、ニューラルリンクも同じ効能があると思う。人間の幸福は、脳内から放出される快楽物質。ニューラルリンクによって、脳内に一定の快楽物質が放出されれば、常に幸せで、人間を傷つけたり「人間に幸せにしてもらおう」なんて思考は浮かばなくなると思う。「なにぃ?そんなの人間じゃない」と言う人は一定数いる。でも、考えてみてくれ。本当に誰かを幸せにできている人なんて、マジでいないぞ(笑)誰かを幸せにするということは、その分自分は失わなければならない。言語化が難しいけど‥。自分は無傷で人を救えない‥ってやつ。
まあ、ニューラルリンクじゃなくてもさ。今も「iPhone」から見る情報で「快楽物質」を、操作(放出)されているから同じだと思う。
抱きしめられて出るセロトニンも、機械が放出させるセロトニンも、脳にとっては同じ「化学物質」で同じなんじゃないかな。(ただ、人の皮膚って奥深いから。人間に抱きしめられた皮膚から伝わるナニカを再現できるのかはよく分からない。)
きっと、これから宗教にもなりそうな「人間がいいと言う主義」の人たちは、単に「自分が納得する物語」を求めているのだと思う。それでそれで、生き甲斐なんだから良いんだと思う。
はいはい、物語の続きです。
「泰平ヨン」は、未来の真実に気づきます。
「泰平ヨン」のいる未来では、空気中には化学薬品が含まれていて、人々はそれによって「荒廃した現実」を、豪華なレストランや娯楽に満ちた「楽園」として見ていた。
しかし、例外もある。
未来の「支配層」は、常に現実を直視していて、その化学薬品を吸うことのない、安全な場所にいる。
人口爆発の食糧危機により、粗悪な栄養食品を食べてもらわなければみんな死んでしまう、ヒューマノイドを作る電力もないので物を作ることができない、あと何十年で氷河期になる地球。
最期は、幻覚をみせて、みんな安らかに眠ってもらいたい、という「善意」なのだと、支配者は言う。
それを知った「泰平ヨン」は支配者に殴りかかる。ふたりとも殴りまくる。
しかし、ハッと気づけば、「泰平ヨン」は「コスタリカの下水道」にいた。
あれ?すべては長い夢だったのか。
思わず大声を出してしまう「泰平ヨン」。
その声に驚いた仲間は、持っていたパソコンを下水道に落としてしまう。
パソコンは、汚水に流されていく。
「どんな未来にたどり着くかわからずに」
という言葉で物語は閉じる。
めっちゃおもしろいーーーー!!!
まあ、人間の「欲望」も、なにもかも全部が「幻想」ってことだね。幻想に固執しちゃあ、人生もったいないぞ。ばばばん。
レムの作品の中で、いちばん好きかもしれない。いや、「砂漠の惑星」と同じくらい好きかも。
久しぶりに「すきー!」な小説を読めて幸せでした。いや、筒井康隆の「虚航船団」の次くらいに好きかも。
