日記
ドタキャンが育む、奇妙な自由。あるいは「推し」という名の多幸感。
2026 / 03 / 21 22:22
「鯛焼きを一緒に食べたおもしろい友人」と「サイゼの待ち合わせをドタキャンしてしまった友人」と、「私のポトスを救ってくれた人」の個展に行く予定だった。
けれど、結果は「吉田の寝坊によるドタキャン」という結末。
「ああ、コイツ(吉田)はきっと今日来ないな」
そう、二人が諦めと呆れを兼ね備えた気持ちでいてくれたおかげで、私は救われた。本当にありがとう。
不思議なもので、ここまで自分の不義理を許してもらっている(と思い込んでいる)と、逆に関係性が「風通しの良いもの」に思えてくる( ´ ▽ ` )
「自分もこれだけ迷惑をかけているんだから、相手にドタキャンされても1ミリも揺るがないぜ」という変な自信が、誘うハードルを下げてくれるようだ。近々、こちらから何か誘ってみよう。
そして、寝坊をした清々しい朝、という名の昼。
ご近所の「推し」から手作りの「鶏のおこわ」をお裾分けしてもらった。
これが、びっくりするほど美味しい!
刺し子の話を少しして、推しの笑顔と声を聞けて、多幸感でございまする。
昨日、友人が言っていた言葉を思い出す。
「人から必要とされるのが一番大事って言ったけど、あれ間違いかもしれん。最近思うのは、人生で一番大事なのは『推し』がいることなのかも?」
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今日の食事記録_φ(・_・





