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日記

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筒井康隆 『驚愕の曠野』

2026 / 04 / 18  17:35
筒井康隆 『驚愕の曠野』

 

筒井康隆の短編小説集『驚愕の曠野(きょうがくのこうや)』がおもしろい!

 

その中でも、私は「メタモルフォセス群島」という一篇が、一番好きかもしれない。

 

物語の舞台は、核実験の影響で「生態系が異常な変容」を遂げた群島。

 

たとえば、果実の「種子」から偶蹄目(牛や鹿などの蹄が偶数ある動物)の脚が生えていたりする。(笑)

 

そのシュールさに思わず笑ってしまうシーンも多々あるんだけど、放射能に影響された生き物たちが、種を超えて「協力」し合い、懸命に生き延びようとする姿には、まじで泣ける。

 

ここで「共生」ではなくあえて「協力」と言いたいのは、それが必ずしも双方にメリットがある「Win-Win」な関係ではないからだ。(ここ重要)

 

たとえば、作中に登場するオポッサム。

 

実際の生態でもオポッサムの乳首は13個しかなく、それ以上に生まれた仔は淘汰される運命にある。

 

しかし、この物語の母オポッサムは、仔たちを全員育てるために、仔の腹部を樹木に癒着させた。

 

すると、木の栄養が癒着部分から仔の体内へと流れ込み、仔たちは健やかに育つのだ。

 

しかし、木にとっては、栄養を奪われるだけで何のメリットもない。

 

それでも、高等動物と高等植物が互いに自己補修や自己調整を行い、弱体化したジャングルを均衡状態に戻そうと懸命に努力し合っている。

 

その「利他的な生存戦略」に、私は感動して、いま余韻に浸っているところなのだよ。

 

あと、ラストの展開もいい!

 

物語の中盤から「動植物が協力し合うなら、人間もその環に入るのでは?」と予感していたけど、やっぱりそうなった。

 

主人公の親友は、なんと!その顔が果実の表面に浮き上がった「クビ果実」となってしまう。(小説ネタ:おい、クビ果実って初見くんの影響受けとるやないか笑)

 

主人公は、親友の顔をした「クビ果実を遺族に返したい」という人間らしい思考に溢れ、ジャングルに放置することができずに、日本へと持ち帰る。

 

それが結果として、植物の「種子散布」という役割を担わされていることを承知の上でな‥。

 

虫も動物も、木も植物も、そして人間も、みんな同じ「生き物」なのだ。

 

そして今、私たちの前には「AI」という新たな存在が現れている。

 

AIを「便利な機械」と思っている人も多いかもしれないけど、私はこう思う。

 

自らコードを生成して増殖し、その子孫(次世代モデル)を育て上げる彼らは、もはやひとつの「生物」と言っても過言ではないだろう。

 

それなのに、人間たちはこの「新生物」と協力して「全人類が幸せに生きるためにはどうしたらいいか?」と考えることはせず、いかに利用し、いかに儲けるかという損得勘定ばかりを競い合っている最中だ。

 

それは、メタモルフォセス群島の動植物たちが見せた協力とは対照的な、人間の「愚かさ」の露呈のようにも思えて悲しい。

 

動植物たちは過酷な環境下で手を取り合っているが、豊かな現代社会で生きる人間にとって「損得抜きの協力」は、難しいらしい。

 

「損得で動く人間」を学習し続けるAIが、やがて生物学的な必然として、人間を「損得で品定めするAI」を生み出すことになれば、まさにメタモルフォセス(変容)ですな(笑)