日記
脈打つ器と、春の北参道。
今日は、相方と北参道へ行ってきた。
お目当ては、推しの陶芸家「田中恒子さん」のギャラリー。
ご本人に直接お会いできるとは思ってもいなかったので、胸が躍った。
田中さんの手を見て、ハッとした。
あかぎれが痛々しくも美しく、「職人の手」そのものだったからだ。
ろくろを回す際の、あの「にぎにぎ」とした手の感触が器に残り、それが独特の温かみとなって伝わってくる。私は、その質感が好きだ。
これほど美しい器なら、「真っ白な布の上」に並べるだけで、「凄まじい存在感」を放つだろう。
しかし、「どうディスプレイすれば器が映えるか、照明はどうするか」といったブランディングの領域は、また別の話。
職人さんは、どこまでも純粋な職人なのだ。
こうした「職人」の隣に、「ブランディングに長けたパートナー」がいれば、困ってしまうほど売れまくってしまうのではないだろうか、そんな「構造的な思考」が頭をよぎった。
お目当ての「白釉薬」の器を手に取る。
なんとも言えない、冷たすぎず、それでいて凛とした温かみのある白。
「何もない」ことの美しさを、改めて実感する。
帰宅後、さっそく器を水に浸して使い始めたが、ここで事件が起きた。
いつもの「フルーツヨーグルト」を盛り付けたところ、ブルーベリーの「色素」が器に「沈着」してしまったのだ。
「う、器が脈打ってる‥!」
思わず声を上げた。
まるで器が息を吹き返し、血管がドクドクと脈打っているような生命力を感じて、「興奮」してしまった。
田中さんの器は、「風合い」を出すために「粒子の粗い土」や、「貫入」と呼ばれる「細かいヒビが入った釉薬」を使っている。
今回の青いシミは、ブルーベリーの「アントシアニン」がその「ピンホール」や「貫入」に染み込み、器の「模様」となったのだろう。
「土の味わい」を活かした器にとって、使い込むうちに食べ物の色が移り、質感が変わっていくのは「日常の風景」だ。
それを「器を育てる」と呼び、ブルーベリーのシミを見て「脈じゃねえか」と面白がれる自分も、なかなか悪くない。
そして、もうひとつのお気に入りがこちら。
田中さんから「サラダボウルにもいいですね」と勧められた器。
「普段から野菜をたくさん食べる相方」の姿が浮かび、購入を決めた。
さっそく「吉田風うずめ飯」を盛り付けてみたが、これが最高だった。
手に吸い付くようなフィット感が素晴らしい。明日はこれで納豆ごはんを食べてみようと思う。
思えば、一人で選んでいたら、私は相変わらず「白一色の世界」にいただろう。相方が隣にいてくれたおかげで、この器を迎え入れることができた。
私の日常に「新しい彩り」を添えてくれる存在。そんな変化を感じるのも、二人で出かける面白さなのだと改めて感じた。
お昼は久しぶりの外食へ。
普段の昼食が「ヨーグルトのみ」の私にとって、「しっかりとした食事」はお腹がはち切れそうなほどの満足感だった。
そんな私を案じて、相方が「次からは、好きな分だけ食べられる回転寿司にしようか」と言ってくれた。そのさりげない気遣いが、とてもありがたい。
ちなみに、「一番満足したネタは?」と聞かれたら「カッパ巻き」と答えてしまうのだから、自分の安上がりな性分には困ったものだ。
食後は「将棋会館」へ。
一人ではまず訪れることのない場所だったが、熱心に写真を撮る若い女性ファンの多さに驚いた。将棋の世界も、ずいぶんと層が厚くなっているらしい。
帰り道、神社で見つけたのは、驚くほど丸い鳩。
あまりの「太りっぷり」に驚いて調べたら、寒さをしのぐために羽を膨らませて休んでいたようだ。
その「ほにゃあ」とした姿を二人で眺めていると、なんとも平和な心地になった。
基本、家と近所が私の定位置。そこそこ屋外を歩いた外出後は、すぐにお風呂へ。
楽しい春のお出かけだった。
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今日の食事記録
人間が配るから不公平になる。xマネーという冷徹な救済。
SNSの「X(旧Twitter)」が構想している金融システム、通称「xマネー」の話がおもしろい!
これは、アプリ内で「お金の送金」や「決済」、さらには「貯金」まで完結させようとする仕組みだよ。
この構想の何が画期的かと言えば、金融の仕組みが「アルゴリズム(計算手順)化」される点にある。
「金利」のような数学的ルールで動くようになれば、そこには「人間の主観」や「不公平」が入り込む余地がなくなる。
条件さえ合致すれば、システムが淡々と処理をする。その「誰も文句を言えない公平さ」は、実に理にかなっていると思う。
考えてみれば、「未来のベーシックインカム(最低限の生活保障)」というのは、どこか一つの政府から「一律に支給」されるような、単純なものではないのかもしれない。
特定のプラットフォームでの「活動」や「貢献」に応じて、「複数の仕組み」から「それぞれのルール」に基づき、少しずつ報酬が届くのかもしれないね。
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今日の食事記録
長命の構造、「幸せ」という名の細胞を守る呼吸。
今日あたりから、「空気の流れ」が変わったような気がする。
友人から「人が幸せになる方法は科学的に決まっている」と教えられた。
その鍵は、「思いやり(情動的共感)」と「穏やかな呼吸」なのだという。
ここで、「共感」について少し整理しておきたい。
実は、共感には大きく分けて「二つの種類」がある。
認知的共感
「あの人は今、こういう状況だから悲しんでいるのだな」と頭(理屈)で理解すること。
情動的共感
相手が悲しんでいるのを見て、理由が分からなくても自分も「胸が締め付けられる」ような感覚になること。
なるほど、合点がいった。
後者の「情動的共感」によって他人に寄り添い、「助けの手を差し伸べる」とき、脳内では「オキシトシン」というホルモンが分泌される。
これは単なる「気分」ではなく、血管を広げて「血圧を下げ」、老化の宿敵である「慢性炎症」を抑えるという強力な「身体的メリット」をもたらす。
事実、「共感し合い支え合う人」は、心疾患のリスクが低く「長命」であることが証明されているのだ。
また、「深く穏やかな呼吸」は「迷走神経」を刺激し、「副交感神経を優位」にする。
これにより、「寿命の回数券」とも呼ばれる「テロメア」の短縮を遅らせ、細胞を傷つける「活性酸素」の発生を抑制する。
つまり、呼吸を整えることは、文字通り「細胞レベルの老化」を防ぐことに直結しているのである。
「幸せ」とは、あいまいで抽象的な概念ではない。
それは、「脳」と「自律神経」のメンテナンス技術であり、自らの寿命を延ばすための「緻密な生存戦略」そのものなのだ。
「人はひとりでは生きられない」というのは本当だったんだなあ。
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今日、たべたもの。
鼻腔の快楽と、床拭き全面放棄の夜。
【耳鼻咽喉科への突撃】
花粉のピークがやってきた。
敵襲に備え、一月から早々に薬を服用していたのが功を奏したらしい。去年よりはいくぶん症状が大人しく、鼻の粘膜も平穏を保っている。
診察のあとの楽しみは、なんといっても「鼻の蒸気ネプライザー」だ。あれをグイグイと吸い込み、鼻腔の奥まで蒸気を送り届ける。これぞ鼻の快楽。実に良き日であった。
【寝る前の床拭き放棄宣言】
私には、寝る前に部屋の床をゴシゴシと拭き上げるという、鉄の掟がある。
朝、目覚めたときに部屋がピカピカに輝いている。そのキラキラした光景を拝むのが、一日の始まりの儀式なのだ。
しかし、今夜はどうにもいかん。疲労が全身を駆け巡り、瞼が岩のように重い。よって、今夜の床拭きは全面放棄!
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今日の食事記録
三点ユニットを愛せる人と、仲良くなりたい
【素直】
友人が遊びに来てくれた。
松下幸之助の「優しさは何者をも溶かす」という言葉が私は好きなのだが、友人を見ていると、「素直で優しい」ということは人間にとって「最高の徳」なのだと改めて思う。
そんな友人が、この日記に時折登場する「相方」という存在に、密かにジェラシーを感じているのがなんともおもしろかった₍ᐢ ɞ̴̶̷.̮ɞ̴̶̷ ᐢ₎笑
【三点ユニット】
一人暮らしを始めて、「三点ユニット」の魅力を知った。一般的に、三点ユニットの物件は家賃が安く、世間的な評価は低めである。けれど、私はこれが好きなのだ。
何といっても「掃除のしやすさ」が素晴らしい。入浴ついでに、便座も床も、お湯と洗剤で一気に洗い流せる。これほど最高なことが他にあるだろうか。
「三点ユニットなんて嫌だ」と言う人が大半な世の中で、もし私と同じように、この「便器を泡と湯で洗い流せる」機能美を愛せる人がいたら、きっと仲良くなれる気がする。
【水面】
今作っている刺し子の図案は、AIに作ってもらった。どうだろう。「これならお金を払ってでも欲しい!」と言いたくなるようなレベルではないだろうか。
それを真似して、私が作っているのがこちら。
うーん。水面を表現するのが、やたらと難しい。「カエル」や「鳥」は、比較的簡単だったのは、「形」が決まっていたからなのかもしれない。
そういえば、「白土三平」の描く「崖」などは、ただの「線の集まり」なのに、どう見ても完璧な「崖」であって、実に美しい。白土三平の「劇画」はすごいなあ。我が家の家宝である「白土三平が竹で作ったペーパーナイフ」もすごいなあ。
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今日、食べたもの
• エネルギー: 1,940.6 kcal
• たんぱく質: 88.3 g
• 脂質: 72.8 g
• 糖質: 220.5 g
• 食物繊維: 28.6 g
• 大豆イソフラボン(アグリコン換算): 約 78.2 mg









































