日記
アイザック・アシモフ「ファウンデーション」
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地元の名物パン、羊羹パン。
アイザック・アシモフの「ファウンデーション」の第一章を読んだ!
内容を忘れないように、なんとなくの内容と感想を書き残してみる。
第一章:心理歴史学者
惑星「シンナックス」という田舎からやってきた「ガール・ドーニック」は、数学の博士号を持つ男だ。
偉大な心理歴史学者の「ハリ・セルダン」に招待され、銀河の中心にある惑星「トランター(銀河帝国政府機関がある都会)」にやって来る。
惑星トランターは、食料や生活必需品を外の世界に依存している。皇帝も住んでいる。その他住民もみんな「金属の巨大な建造物の中」で暮らしている。
ガールは、空港からホテルに向かう。
ホテルで「展望台」のチケットを買う。
展望台からみる景色は、複雑に増加していく建造物で、地面が見えない。緑もない。
展望台で仲良くなった「ジェリル」という男と軽く話す。トランターという建造物の中で生まれ育った住民たちは、屋外(展望台)に来たがらない、と教えてくれる。
ホテルの自室に戻ると、「ハリ・セルダン」がいた。
(確かに。ほぼ屋内で暮らし、限られた人しか会わない生活をしている私は、屋外が汚いとは思わないけど、電車やタクシーの乗車に抵抗がある。こうやって人間は弱っていくのだろうな‥。)
「ハリ・セルダン」は言う。「さっき君が会ったジェリルという男は公安だ。君を尾行していた。理由は、このトランターが5世紀後に92.5%の確率で滅亡すると、私が言ったことがバレたからだ。まあ、権力やな。」
ガールは、「ええ。」と驚く。
翌朝、ガールは公安に連れて行かれる。
ハリ・セルダンも逮捕されていた。
裁判がはじまる。
ハリ・セルダンは言う。「心理歴史学とは数学で導き出すもの。トランター滅亡は避けられないけど、それまでの暗黒期は短縮できる可能性がある。いろんな知識を記した銀河百科事典を作りたい。」
後日、ガールとハリ・セルダンは呼ばれて、関係者までと皇帝と話し合い。
皇帝は言う。「ハリ・セルダンの予言が正しいとして、今生きてる人間たちはトランター滅亡の五世紀後には死んでいる。つまり、滅亡と関係ない。なぜ、我々が心配せねばならんのだ。」
セルダンは「私はあと五年以内に死ぬけど、五世紀後に生きてる人間のことが気になる。それが人間だろうよ。」と言う。
皇帝は「死ぬか追放か選べ」と言う。
追放を選んだセルダンは、銀河の辺境隅っこにある「ターミナス」に、部下(数万人とその家族)を連れて、半年後に追放される。
半年後の追放に備えるために、セルダンと共に、セルダンの研究所に戻ったガールは事実を聞かされる。
「心理歴史学の計算で、ターミナスに追放されることは分かっていた。二年半前から出発の準備をしていたから、もう準備OK。私はあと1〜2年で死ぬ。銀河百科事典は後継者が引き継ぐ。」
はい、ここまでが第一章ですな。
読みやすくておもしろい。
そうか、数学で未来が分かるのか。
最近観た映画、スティーブン・キングの「サンキュー、チャック」でも、「数学は神」みたいなことが書いてあったな。
ハリ・セルダンの「心理歴史学」は、ある前提がある。
対象となる人間が、統計的に処理できるほど膨大な数であること。つまり、たくさんいること。
そして、人間が「自分たちの未来が予測されている」ことを知らないこと。つまり、未来知ったら未来変わる系。
ハリ・セルダンの心理歴史学は、「熱力学(分子の動きはバラバラでも、全体としての温度や気圧は予測できる)」に、近い考え方。
そこで気になる「量子力学」。
量子力学と心理歴史学には、こんな共通点がある。
量子力学は、 状態を測ろうとすると、その瞬間に「粒子の動き」が変わる。
心理歴史学は、未来を教えると、その瞬間に「人間の行動」が変わる。
めっちゃおもしろい。
そんな感じで、量子力学を人間に当てはめると‥「個人の行動を完璧に予測しようとすればするほど、その確率はぼやけてしまう」というジレンマになる‥。
つまり、
知的生命体が住む惑星の滅亡は、ハリ・セルダンの心理歴史学が適している。
生き物が絡まない物理現象(惑星の死)なら量子力学が適している。
ってことになる。
じゃあ、人間の心理は「人工知能」、惑星の予測は「量子力学」と協力すれば、セルダンみたいに予測ができるんじゃない?
って思うんだけど、どうなんだろう。
やっぱりそこでも「人が知ると未来が変わる」になるのか。
じゃあ、こうしたらどうだろう。
AI: 「このままだと30年後に食糧危機が起きる」と予測。
量子力学: 最適な気候条件と栽培タイミングを算出。
実行: 誰にも予測を公表せず、SNSのアルゴリズムや投資の誘導をこっそり操作して、世界中の人々が「なんとなく最近、農業がブームだよね」と思うように仕向ける。
こうすれば、人間は「自分で選んだ」と思い込みながら、AIの引いたレールの上を歩かされることになる。よって、予測を言うことなく‥あれ?予測は「操作される」になるのか。
うーむ。じゃあ、逆の「地球が滅亡しないように操作して」と最初から命令すればいいんじゃないか。
あ、そうすると「人間いらん」になるのかな。
人間は必須という条件も入れねばw
疲れたから今日はここまでにしよっと。
ニカラグァ
毎日、友人と筋トレをするのが日課になっている。
特に四股を踏むとき、私は決まって「ニカラグァ」「ガラパゴス」「エクアドル」と地名を唱えながら足をつく。
赤道直下の熱量を身体で燃やすような、ちょっとしたエンタメのようなものだ。
昔からGoogleマップを眺めるのが好きだ。
もともと旅行に行くのは億劫なタイプだが、iPhoneさえあれば、部屋にいながら世界中の路地裏まで入り込める。私にとってこれ以上のエンタメはない。
数年前、ディズニーチャンネルのナショジオに登場したアシカのレオを見て、「ガラパゴス諸島」に惹かれた。
かつて独自の進化を遂げた日本の携帯電話が「ガラケー」と呼ばれたように、あの島は孤立と進化の象徴である。最高‥。
調べてみると、ガラパゴスはエクアドルの領土らしい。
「エクアドルってどんなところだろう」とGoogleマップを滑らせているうちに、隣接するニカラグァも含めたこの3か所が、私の脳内に残った。
そんな私に、友人が呆れたように言う。
「そんなに毎日叫ぶほど好きなら行けばいいじゃん」
私は無言で、Googleマップで見つけたニカラグァのある町の写真を見せた。
それを見た友人は、笑いながら「あっ、これはダメだ。女性の一人旅で行くところじゃないね。なんなら男でも無理だわ。」と言う。
画面に映っていたのは、窓という窓に厳重な鉄格子がはめられ、剥げかけた壁の落書きの前で男性たち鋭い視線をカメラに送っている、そんな場所だった。
ストリートビューの画面越しでも、そこが「治安の悪いエリア」であることは伝わってくる。
もし実際に行くとなれば、高額なガイドを雇い「ここなら安全だ」と言われるエリア限定で、お土産を買って帰るだけになりそうだ。
それはそれでつまらない。
かといって、私の性格上スリルを味わいたいわけでもない。
結局、日本の我が家で、iPhone越しに楽しむのが良さそう。
旅行好きなひとが羨ましい。
スタニスフ・レム『泰平ヨンの未来学会議』
大腸検査の静脈麻酔で、人生初の「バッドトリップ」を経験。その直後に読み終えたのが、スタニスワフ・レムの『泰平ヨンの未来学会議』。
主人公の「泰平ヨン」は、人口爆発に直面した「地球の行く末」を話し合うため、コスタリカで開催された「未来学会議」に参加する。
しかし、会場のホテル周辺で暴動が発生。
水道水に混入した薬物や、撒き散らされた「誘愛剤」「慈愛剤」によって、人々は理性を失っていく。
名前の通り、通行人を愛したり、利己的な自分を悔いて自傷したり、自らの臓器を他人に差し出そうとしたり、いろいろ。
仲間と共に、ホテルの下水道へ逃げ込んだ「泰平ヨン」も、深い「幻覚」の世界へと引きずり込まれていく。
検査の前日に読み始めたときは、客観的に楽しんでいたけど、静脈麻酔による「錯乱」を経験した後に読むと、物語のリアル感が増した。
幻覚の中で事故に遭った「泰平ヨン」は、ボロボロの肉体から「意識」を取り出して、黒人女性の肉体に移植される。その、「意識」と「肉体」が繋がった感じの生々しさが、幻覚から目覚めた後も残っている‥そんな様子も、リアルに体感できた気がして、ゾワゾワした。
そんなことを思っていたら、ふと浮かんだんだけど「現実と幻覚(妄想)の境目」なんてあるのかな。
私たちが「真実」と呼ぶ基準とは、人間が創り出した基準であって、真実とは限らないし。そもそも真実ってナンダ。
余談だけど、例の静脈麻酔の経験談から、私は薬物ハイになると「空を飛びたい」と言ってビルから飛び降りるタイプなのかもしれない、と思った。「重力から全てを解放されたい」「肉体から解放されたい」‥みたいな感じ。
そのことを友人に話すと「それは人間の本能だ」と笑ってくれた。(すき)学生時代に読んだ、糸井重里のエッセイで「地上から両足5センチ浮くだけでも幸せじゃないか。いいじゃないか。」みたいな文章を読んで、少しイラッと自分を思い出した。そのことも友人に言うと、また笑ってた。
物語に戻りましょうか。
薬物漬けになった「泰平ヨン」は、薬物の作用が切れているはずの「現実」さえ信じられず、重篤な「精神病」と診断される。「未来の医学に託そう!」と言うことになり、2037年まで冷凍保存される。
2037年、解凍された「泰平ヨン」。
ここから、未来を生きる「泰平ヨン」の日記が続く。レムの未来予想が詰まっていて、めっちゃおもしろい。
まず、「優生思想」と「共同教育」。
SFによくある「出産には権利が必要」ってやつね。卵子を提供する半母と、母体を提供する半母の二人によって子育てをする。一人の母だと、子を自分の分身として私物化してしまいがち。子を「自分の所有物」として捉えず、一人の人間として向き合うためのシステム。もちろん教育はヒューマノイド。
私はこれいいなーと思ってしまう。
人間の歴史を振り返ると、子供は「生きるために必要な労働力」であって、可愛がるために産むのではなかった。何不自由なく生きられる現代では、子供を労働力としてみることがなくなった。そんなの時代が違うんだから当たり前だ、子供を労働力とするなんてひどい、なんて思われる方も多そうだけど、案外悪いもんじゃないかもしれない。「家族」「妻」「夫」「子」とか、概念で接してしまうから、すれ違いが起きる。同じリビングに居ても孤独に感じる。昔は家族をひとりの「個」として、「構造」の一部だと認知していたような気がする。多分、今より孤独じゃなかった気がする。
そして、「ニューラルリンク」。
脳(意識)を別の肉体へ移し続けることで、人は永遠に生きる。それゆえ殺人は罪ではない。ただし、生き返りを阻止する「脳の破壊」だけは最大の重罪とされる。
えー、1971年に「ニューラルリンク」を考えるなんて、レムはすごいなあ。私も早くニューラルリンクを埋め込みたい。嫌なものは見たくないし、見るものすべて「自分の世界フィルター」でみたい。(笑)
最後は、「感情の調整」。
人間は生き残るという本能から「利己的」になってしまう生き物。それゆえに、争いが絶えない。そのため、生まれながらに薬剤を打たれ、生涯にわたって「適切な慈悲心」と「距離感」を保つことができる。
うーん。これも、いいんじゃないかな〜と思ってしまう。人間の苦しみの原因は「人間」であるからね。「愛」でさえも苦しみの原因になるし。(あー、書いてて思うけど、ほんと無痛の世界になったんだな。)
その薬剤、ニューラルリンクも同じ効能があると思う。人間の幸福は、脳内から放出される快楽物質。ニューラルリンクによって、脳内に一定の快楽物質が放出されれば、常に幸せで、人間を傷つけたり「人間に幸せにしてもらおう」なんて思考は浮かばなくなると思う。「なにぃ?そんなの人間じゃない」と言う人は一定数いる。でも、考えてみてくれ。本当に誰かを幸せにできている人なんて、マジでいないぞ(笑)誰かを幸せにするということは、その分自分は失わなければならない。言語化が難しいけど‥。自分は無傷で人を救えない‥ってやつ。
まあ、ニューラルリンクじゃなくてもさ。今も「iPhone」から見る情報で「快楽物質」を、操作(放出)されているから同じだと思う。
抱きしめられて出るセロトニンも、機械が放出させるセロトニンも、脳にとっては同じ「化学物質」で同じなんじゃないかな。(ただ、人の皮膚って奥深いから。人間に抱きしめられた皮膚から伝わるナニカを再現できるのかはよく分からない。)
きっと、これから宗教にもなりそうな「人間がいいと言う主義」の人たちは、単に「自分が納得する物語」を求めているのだと思う。それでそれで、生き甲斐なんだから良いんだと思う。
はいはい、物語の続きです。
「泰平ヨン」は、未来の真実に気づきます。
「泰平ヨン」のいる未来では、空気中には化学薬品が含まれていて、人々はそれによって「荒廃した現実」を、豪華なレストランや娯楽に満ちた「楽園」として見ていた。
しかし、例外もある。
未来の「支配層」は、常に現実を直視していて、その化学薬品を吸うことのない、安全な場所にいる。
人口爆発の食糧危機により、粗悪な栄養食品を食べてもらわなければみんな死んでしまう、ヒューマノイドを作る電力もないので物を作ることができない、あと何十年で氷河期になる地球。
最期は、幻覚をみせて、みんな安らかに眠ってもらいたい、という「善意」なのだと、支配者は言う。
それを知った「泰平ヨン」は支配者に殴りかかる。ふたりとも殴りまくる。
しかし、ハッと気づけば、「泰平ヨン」は「コスタリカの下水道」にいた。
あれ?すべては長い夢だったのか。
思わず大声を出してしまう「泰平ヨン」。
その声に驚いた仲間は、持っていたパソコンを下水道に落としてしまう。
パソコンは、汚水に流されていく。
「どんな未来にたどり着くかわからずに」
という言葉で物語は閉じる。
めっちゃおもしろいーーーー!!!
まあ、人間の「欲望」も、なにもかも全部が「幻想」ってことだね。幻想に固執しちゃあ、人生もったいないぞ。ばばばん。
レムの作品の中で、いちばん好きかもしれない。いや、「砂漠の惑星」と同じくらい好きかも。
久しぶりに「すきー!」な小説を読めて幸せでした。いや、筒井康隆の「虚航船団」の次くらいに好きかも。
アイザック・アシモフ『やがて明ける夜』
アイザック・アシモフの『やがて明ける夜』を読んだ!
物語の主人公、「エドワード・タリアフェロ」は、内惑星を観察できる「月」の観測所から地球に帰還したばかり。
同じく旧友の「バタースライ・ライガー」は「水星」から、「カウナス」は木星の衛星から遥か彼方の銀河までを見渡せる「小惑星ケレス」から、それぞれ地球へと戻ってきた。
彼らは皆、孤独な宇宙の「観測所」で働くエリートたちだ。
そしてもう一人、彼らの同級生に「ロメロ・ヴィリアーズ」という男がいた。彼は誰よりも知能が高かったが、同時に気が狂っていた。
「ヴィリアーズ」は、宇宙への任務を目前に病気を患い、宇宙に行けない身体になってしまう。
それ以来、自分を置いて旅立った三人の友人を深く憎むようになっていた。
久しぶりに再会した三人に、「ヴィリアーズ」は告げる。「私は、物質を一瞬で移動させる『質量転移』を発明した」と。
三人は、「ヴィリアーズ」が自分たちよりも脚光を浴びることを恐れた。あるいは、彼の狂言ではないかと疑った。
しかしその夜、「ヴィリアーズ」は何者かに殺害される。
彼と共に研究を進めていた「マンデス」は激昂し、『犯人はこの三人のなかにいるはずだ!』と主張。
深夜の犯人探しが始まる。
そこで登場するのが、安楽椅子探偵の「ウェンデル・アース博士」だ。(すき!)
「アース博士」は、まるまるとした顔に人当たりの良さが滲み出ている大柄な人物。
しかし、極度の「乗り物恐怖症」で、何年も自宅から1.6キロ以内の範囲から出ずに暮らしている。(すき!2回め)
そんな「アース博士」の知性が、事件を解決へと導いた。
犯人を特定する決め手となったのは、犯人が隠した「ヴィリアーズの質量転移の論文フィルム」の隠し場所だった。
フィルムは窓のサッシに隠されていた。
フィルムが光に弱く、「直射日光」を浴びれば台無しになることは、科学者なら誰でも知っている常識だ。
なのになぜ、犯人は「朝日」が差し込む窓際に隠してしまったのか。
それは、犯人が「夜は永遠に続くもの」だと思い込んでいたからだ。
犯人は、木星の影に隠れ、常に太陽の射さない暗黒の世界で働いていた「カウナス」だった。
「アースアース博士」のセリフが、たまらなく最高。(すき!3回め)
「闇の世界は、永遠に闇の世界だという事実にすっかり慣れてしまい、地球の夜に託してしまった。夜がやがて明けることを忘れ‥」
おいおい‥カウナス‥。地球に何十年も住んでいて、朝が来ることを忘れちゃうなんてさ。
でも‥わかるよ。人間って大切なことを忘れるから。たとえば、「平和」な世界にするために「戦争」をして人がたくさん死ぬ、とかね。
「カウナス」は、「ヴィリアーズ」が本当に発明に成功したのかを知りたくてたまらなかったのだという。
殺すつもりはなく、ただ驚かせるだけのつもりだったが、「ヴィリアーズ」は叫び声を上げて倒れ、そのまま動かなくなってしまった‥カウナスは泣きながらそう訴える。(ちょっと、おもしろい。)
事件が解決し、明け方の救急車が、遺体を引き取っていく。
「アース博士」は、「マンデス」にこう頼む。
「お礼に、人間用の質量転移装置第一号ができたら、ワシに旅行をさせてもらいたい」
マンデスは「宇宙旅行なんてずっと先の話だぞ」と言うが!、アース博士はこう答える。
「宇宙じゃない。ニューハンプシャー州のロワーフォールズに行きたいのだ」
わかった。でもなぜそんな場所へ?と問うマンデスに、博士は頬を赤らめてはにかむ。
「ずっと昔のことだが、ワシはそこで一人の少女と会った。ずいぶん前のことだが、ときどき思うんだ、彼女もひょっとすると‥」
ここで話は終わる。
もう、最高に良くない‥!?
「質量転移」があれば、どんな遠くへも一瞬で行ける。
普通なら「宇宙の果て」なんて考えてしまいがちだけど、「アース博士」が選んだのは思い出の場所。
行こうと思えば今日にでも行ける、けれど乗り物に乗れない彼にとって、どうしても行けない、すぐ近くの場所だった。
人間が本当に行きたい場所は、遠くの希望なんかじゃなく、案外近くにある「誰かの思い出のそば」なのかもしれない。
「質量転移」といえば、ドラえもんの「どこでもドア」を思い出す。
私も車に乗るのが苦手だったから、小学生の頃、しぬほど欲しかったな‥。
ちなみに、「どこでもドア」は、宇宙地図の範囲(約10光年)という制限はある。行きたい場所は、自分の知らない場所でも可能。AIに話すみたいに「静かで気持ちいいところ」と曖昧に伝えるだけで連れて行ってくれる。大人になって考えると「コミニュケーションがとれない人間にも対応してます」ってのが、マジですごい。
アシモフの描く「質量転移」は一体どんな仕組みだったのか。肝心の「ヴィリアーズ」が死んでしまった今、その答えはわからない。
ちなみに、「アース博士」がなぜ乗り物に乗れないのか。それは彼が「移動というプロセス(速度や振動)」をコントロールできないことに恐怖を感じているから。そのプロセスをスキップして「目的地) 」だけを手に入れる質量転移が、彼みたいな人の救いになる。
近頃、わたしも「人間が運転している車」に乗れなくなった。運転手の体調や気分で、何がどう起こるか分からない。そもそも、人間の足1本でブレーキとアクセルをコントロールしている、と想像すると絶対に乗りたくない。そんな風に思ったのはここ数年のことなので、やっぱり着々と時代は進んで適応しているのだな、と感じるわ。アース博士は未来を生きてる男や。
最後に、、
「質量転移」は「同じ時間枠」であれば、「宇宙全体の質量保存」に影響ないからできそう、と思って調べたらところ。
もしも「どこでもドア」みたいに、空間に穴を開けるのではなく、「物質をスキャンして転送する」形式だとすると‥
人間一人を構成する原子を一度バラバラのエネルギーにして、別の場所で寸分違わず組み立て直すには、「核爆弾数万発分」に相当する熱量が発生するらしい。
「宇宙全体の質量」は変わらないけど、その「バラバラ人間組み換え作業」に伴うエネルギーが激しすぎて、転送先や転送元が消し飛んでしまう、とか。
じゃあ「人間がバラバラNO!(物質を壊さず)に、炭素もそのままの状態で右から左へ移す」のであればどうか。それだと、爆発は起きない。でも、現代物理学では「物質が移動するということは、そこにある「空間」を押し退けたり、空間そのものを歪めたりする必要がある」ということ、らしい。
調べれば調べるうちに、どこでもドアの性能の凄さ、平然と移動するのび太たちが羨ましいわ。
アイザック・アシモフ 「停滞空間」
アイザック・アシモフの『停滞空間(別題:みにくい赤ん坊)』を読んだ!
物語の舞台は、ワシントン市にある「ステイシス社」。
ステイシス社の経営者であるホスキンズ博士は、過去から動植物を連れてくる技術だけでなく、それらを現代に留めておくための三つの「停滞空間」を作り出す技術をも発明した人物。
「停滞空間」とは、私たちの属する宇宙とは切り離された、別次元の「気泡」のような場所。
ステイシス社内にある「カーテンみたいなやつ」を通って現代人は自由に行き来できるが、遠い過去から連れてこられた存在にとっては、そこは檻みたいなもの。というか、天井のないドールハウスみたいになっていて、上から観客(出資者)が眺められるようになっている。(悪趣味、、)
「時間エネルギーの法則により、過去から移動してきた存在には膨大なエネルギーの荷重がかかっている」と記載があるけど、現代の物理学に「時間を移動すると発生する特定のエネルギー」というものは存在しない。
宇宙全体のエネルギーの総量は決まっていて、新しく生まれたり消えたりすることはない。形が変わるだけである。これを「エネルギー保存の法則」と言う。
つまり、現代科学のルールに則って、「過去からティミー(物質)が突然現代に現れる」という現象を考えると、とんでもない矛盾が起きてしまう。
• 過去の宇宙: ティミーの体重分(約15kgとしましょう)の質量が、突然消える。
• 現代の宇宙: ティミーの体重分(約15kg)の質量が、突然増える。
その帳尻合わせするためのコストを、アシモフは「時間エネルギーの荷重」と呼んだのだろう。
そして、もし彼らが停滞空間の外へ出てしまえば‥。ワシントン市全体の動力を一瞬で断ち切ってしまうほどのエネルギーを吸収し、周囲を破滅させてしまう、らしい。
調べたところ、「時空に無理やり割り込むための莫大なコスト(エネルギーの歪み)」を表現している、と考えれば。ティミー(15kgの物質)を「ゼロから作り出す」あるいは「時空を越えて持ってくる」際に、それと同等のエネルギーが必要だとしたら、それは「数千発の核爆弾」に匹敵するエネルギーになる。よって、ワシントンは消滅する。(絶対に出しちゃいかん)
ただ、物理学的に考えれば「宇宙全体の質量」の問題なので、必ずしもワシントン市でエネルギーが暴発する必要はない。
物語の設定では、停滞空間は宇宙のどこかに浮いているわけではなく、ステイシス社の装置によって「現代の特定の場所(ワシントン市)」に繋ぎ止められていることになっている。
つまり、地球全体や宇宙全体に分散されるのではなく、「装置という唯一の接点」にエネルギーが集中してしまうため、その近くにあるワシントン市の電網が真っ先に飲み込まれてしまう(あるいは吸い取られてしまう)ということになる。
これは、局所性(Locality)」という議論に触れている。(何かが起きたとき、その影響はまず近くに現れるはずだ、という直感的な感情的な物理感。)
主人公のミス・フェローズは、元婦人科の看護師だった。フェローズは「生理学の知識が豊富で、子供好きの女性」という求人広告を見てステイシス社に応募し、採用される。(このフェローズ初登場のあたりから、何か粘着質な愛というか、毒親要素がある雰囲気が醸し出されている‥)
フェローズに与えられた任務は、過去から連れてこられた、醜い容姿を持つ「ネアンデルタール人」の三歳の少年の世話をすることだった。
フェローズは、「私は看護師なんだ!可愛い子供だけを愛すなんておかしい」と自分に言い聞かせて、ティミーに怯えながらもコミニュケーションをとる。そして、名前のなかった少年に「ティミー」という名をつけた。
この時点で、普通のメンタルの持ち主ならば、即お断り案件なんだけど、もともとの性格なのか、フェローズの「弱いものを守りたい」精神が発揮して、過保護なくらいにティミーの面倒をみる。(看護師あるあるなのかな?)
停滞空間という閉ざされた世界で、三年の月日を共に過ごしたフェローズは、いつしかティミーを実の息子のように愛し、深い母性を抱くようになる。
フェローズはホスキンズ博士のことを「ティミーの父親」と思うようになり、最終的には本人(ホスキンズ博士)に言ってしまい、距離をとられる。この辺りから、フェローズの愛着障害特有の「私を愛してくれるひと」を求める感じが出てる気がする。
しかし、ホスキンズ博士たちの研究が次の段階「中世から人間を連れてくる計画」へ進むことが決まり、限られた停滞空間を空けるために、ティミーは元の遠い過去へ送り返されることになった。
愛する我が子を失いたくないフェローズは、究極の選択をする。ティミーを停滞空間の外に出そうとするが見つかり、最終的には、ホスキンズ博士たちの目を欺き、共に、自らも遠い過去へと身を投じた。我が子がいない現代など生きる意味がない‥って感じなのか。ちょっと重いよな、って思ってしまった。なんなら、ティミーが醜く孤独だからこそ、フェローズはより深い愛を示した気がする。(フェローズは、ティミーの遊び相手として選ばれた、ティミーと同じ年のホスキンズ博士の息子を嫌ってたし。)
現代人が過去へと移動したことで、どれほど膨大な時間エネルギーが荒れ狂ったことだろうか。原始の時代に消えた彼女が、その後どうなったのかは、誰にもわからない‥。
という話なんだよ。おもしろかったのに、中古本とは思えぬ価格なので気軽に読んでもらえないのが残念。

