日記
「食べることが人生の楽しみ」「脳の糖中毒を認知」
友人のカウンセラーに聞くと、患者さんの中に「食べることが人生唯一の楽しみで、それを取られたら何も残らない」という方が多いそうです。
確かに「食事=娯楽」という人は多いですし、特に女性はその傾向が強いように感じます。
女性は40歳を超えると代謝が落ち、太りやすくなります。
残酷な真実を言えば、痩せるための最短ルートは筋トレやウォーキングではなく、「カロリー制限(食事管理)」一択です。
食べなければ痩せる。
理屈はシンプルです。
でも、「食べなきゃ痩せる」なんて言葉、女性たちが一番嫌いな言葉ですよね。
「わかってるけど、食べてしまう!」
のが現実だからです。
私は、「食べたらダメだ、太っちゃう」という強迫観念こそが、逆に太る原因を作っている気がしています。
根性で抑え込むのではなく、「食べてしまう脳の構造」を客観的に認知すること。
これがリバウンドしない唯一の道です。
まずは、「なぜ食べたいのか」を紙に書き出してみてください。
「ストレス」「食べると気持ちいい」「甘いものが好き」‥。
芋蔓式に出てくる「言い訳」をすべて書き尽くすと、一つの「結論」に辿り着きます。
それは、単なる「糖中毒」です。
Q. 糖中毒とは何か?
糖分を摂取した際に、脳の報酬系からドーパミンが過剰に放出され、「もっと欲しい」という渇望が止まらなくなる依存状態のことです。マイルドドラッグとも呼ばれるほど、その依存性は強力です。
じゃあ、どうすれば治るのか。
おすすめは、一ヶ月ほどの糖質制限です。
糖尿病の方の食事療法を参考にすると良いでしょう。二ヶ月も経たないうちに、不思議なほど「食べたい」という強烈な欲求が消えていきます。
Q. なぜ食べたい欲求が減るのか?
糖質の過剰摂取による「血糖値の急上昇・急降下(血糖値スパイク)」が収まるからです。インスリンの分泌が安定し、脳が偽の空腹信号を出さなくなるため、精神的な依存から解放されます。
つまり、「自分の意志が弱い」のではなく、「脳がバグっていただけだ」と認知することが大事なのです。
「一ヶ月の制限はハードルが高い」という方は、まずは「レコーディング(記録)」から始めてみてください。
iPhoneのメモ帳でも何でもいいので、「口に入れたもの」をすべて書き出す。
ルールは「すべて書く」ことだけ。
それさえ守れば、何を食べてもOKです。
ある日、「書く」という行為が、暴走する脳を「客観視」するブレーキになってくれます。
ちなみに、私の食事はダイエットではなく「老化防止」が目的です( ´ ▽ ` )
1日1,700〜1,800kcalの良質な栄養と、毎日の排便を意識しています。
自室での筋トレもしますが、実は運動以上にエネルギーを消費するのは「考えること(脳を使うこと)」です。
脳は人体で最も燃費の悪い臓器。「深く思考」することこそが、最大のカロリー消費になります。(おすすめ!)
どんな楽しい人生も、すべては「健康という土台の上」ですぞ〜ˆ •͈ ·̫ •͈ ˆ
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今日の食事記録_φ(・_・
• エネルギー: 1718.6 kcal
• たんぱく質: 82.0 g
• 脂質: 63.3 g
• 糖質: 181.5 g
• 食物繊維: 30.8 g
• 大豆イソフラボン: 約 88.2 mg
• ビタミンB2: 約 2.01 mg
• ビタミンB6: 約 2.00 mg
3/23の日記【雑貨屋 / 印象に残る人 / 鯖トマト】
【雑貨:消費の魔法にかかる瞬間】
所用で渋谷区役所へ。
せっかくここまで来たのだからと、近くの「雑貨屋」に立ち寄ってみた。
店内には、「若い男性の一人暮らし」に似合いそうな「ブルックリン風」のアイテムが並んでる。
「どれもこれも、本当は必要ないよね」なんて言い合いながら5分ほど眺めていたのだが、友人が「シンクの色に馴染むハンドソープ入れ」を指して「これ、いいかも」と呟いた。
私はすかさず、「広々とした何もない空間にポツンと置けばお洒落だけど、生活感の中に紛れた瞬間にただの『ゴミ』に見えるよ」と指摘。
友人は笑いながら、こう言う。
「確かに。店内の数万円する商品に目が慣れてしまって、2,600円のこのボトルが妙に魅力的に見えていたんだ。なるほど、人はこうやって『消費者』に仕立て上げられていくのか」
私も深く頷いた。
「わかる。入店した直後は全部いらないと思っていたのに、気づけば250円の歯型キーホルダーを『相方のお土産にいいかも』なんて思い始めていたよ」
友人は即答した。
「それ、もらっても誰も喜ばないから」
私たちは何も買わずに、帰路についた。
【印象に残る人々:深淵を覗くとき】
毎日「同じような服装」で歩いていると、近所の人からは「ああ、あの人だ」と記号のように認識される。
つば付きのハットに赤い革ジャンを着こなすおじいさん。
真夏も真冬も、早朝からドトールのテラスで新聞を広げるおじさん。
いつも背筋をピンと伸ばし、ニコニコと歩いているおじさん。
ニーチェが『善悪の彼岸』で記した「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている」という言葉通り、私が彼らを風景の一部として観察しているとき、彼らもまた、私のことを「いつものあの人」として認知しているのかもしれない。
はっ。厨ニ病みたいな日記になってしまった。
【レシピ:鯖のトマト煮】
突然ですが、手軽で栄養満点な一品をご紹介。
適量の舞茸、伊藤食品の「あいこちゃん プレミアム鯖味噌缶」、そしてホールトマト缶を鍋に放り込み、2〜3分グツグツ煮込むだけ。
ポイントは、鯖缶の煮汁を余さず入れること。
煮汁には栄養がたっぷり溶け出しているので、スープごと飲み干すのが正解です。
驚くほど美味しいので、ぜひお試しを!
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今日の食事記録_φ(・_・
• エネルギー: 1891.4 kcal
• たんぱく質: 80.6 g
• 脂質: 67.2 g
• 糖質: 219.1 g
• 食物繊維: 30.9 g
• 大豆イソフラボン: 約 86.8 mg
• ビタミンB2: 約 1.93 mg
• ビタミンB6: 約 1.94 mg
ルッキズムと、ハリウッドの悪役。顔面における『構造と現象』の相関
昨今「ルッキズム(外見至上主義)」への批判が加速していますが、みなさんはどう思いますか?
「人間、見た目がすべてじゃない」
「顔よりも内面が大切だ」
‥本当にそうでしょうか。
私の好きなハリウッド俳優に、「スティーヴ・ブシェミ」がいます。
ご存知の方も多いでしょうが、彼はいわゆる「悪役顔」です(笑)。
たとえば、映画『ミリオンダラー・ベイビー』。
もし、「クリント・イーストウッド」が演じた不器用で哀愁漂う老トレーナーを、「ブシェミ」が演じていたらどうでしょう。
あの衝撃のラストシーンは、感動の尊厳死ではなく「ただの凶悪な殺人事件」に見えてしまいませんか?(笑)
何をやっても「お前、裏があるだろ‥」と観客に思わせてしまう。その抗えない悪相こそが、彼を唯一無二の愛おしい存在にしている、と思うんです。
結局、「顔つき」というのは、その人がこれまで積み重ねてきた人生がそのまま表出してしまうものなのかなー、と。
おもしろいのは、この「顔つき」ばかりは、自分の意志や努力ではどうにもならないという点です。
たとえば、「全身が詐欺のメタファー」のような顔をした与沢翼に、真顔で褒めちぎられたらおもしろくないですか? (笑)
口から出る一言一句が「嘘の塊」に聞こえてしまうほどの説得力。これほど飽きさせないエンターテイナーはいません。
あるいは、「君、本当に親から愛されて育ったんだね」という幸福感が顔一面に溢れ出ている山田玲司。
彼が「人に愛されるためには、まず自分から愛さなきゃダメなんだよ〜」なんて説法を始めたら、「分かった、もう分かったから! お前が一番愛されたいんだろぉおお!」と、つい画面越しに抱きしめたくなってしまいます(笑)
容姿とは単なる「美醜」の問題ではなく、その人の「業(ごう)」がコントロールを超えて表出してしまったもの。
だからこそ、整いすぎていて、何の履歴も、何の矛盾も漏れ出していない記号のような顔。
つまり、「物語」が刻まれていない顔には、どうしても魅力を感じることができないんですね。
そこには、ブシェミの悪相のような抗えない「人間臭さ」がないからです。
スペックの良し悪しではなく、その顔に張り付いた「消せない物語」を観察してみると、
たとえ、それが「悪役」のような顔であっても、なんだかたまらなく人間っておもしろいな、と深い愛しみが湧いてくると思うのです。
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今日の食事記録_φ( ̄ー ̄ )
ドタキャンが育む、奇妙な自由。あるいは「推し」という名の多幸感。
「鯛焼きを一緒に食べたおもしろい友人」と「サイゼの待ち合わせをドタキャンしてしまった友人」と、「私のポトスを救ってくれた人」の個展に行く予定だった。
けれど、結果は「吉田の寝坊によるドタキャン」という結末。
「ああ、コイツ(吉田)はきっと今日来ないな」
そう、二人が諦めと呆れを兼ね備えた気持ちでいてくれたおかげで、私は救われた。本当にありがとう。
不思議なもので、ここまで自分の不義理を許してもらっている(と思い込んでいる)と、逆に関係性が「風通しの良いもの」に思えてくる( ´ ▽ ` )
「自分もこれだけ迷惑をかけているんだから、相手にドタキャンされても1ミリも揺るがないぜ」という変な自信が、誘うハードルを下げてくれるようだ。近々、こちらから何か誘ってみよう。
そして、寝坊をした清々しい朝、という名の昼。
ご近所の「推し」から手作りの「鶏のおこわ」をお裾分けしてもらった。
これが、びっくりするほど美味しい!
刺し子の話を少しして、推しの笑顔と声を聞けて、多幸感でございまする。
昨日、友人が言っていた言葉を思い出す。
「人から必要とされるのが一番大事って言ったけど、あれ間違いかもしれん。最近思うのは、人生で一番大事なのは『推し』がいることなのかも?」
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今日の食事記録_φ(・_・
構造の上に成り立つ銀座の寿司と、我が家の出汁。
相方と銀座に行ってきた。
日曜会で何回か行った以来である。「ブルドック」をみると、あの二次会を思い出す。
「スシロー」に行く予定だったが、祝日の混雑を懸念した相方が、「美味しいお寿司屋さん」に連れて行ってくれた。
皆も知ってるとおり、私はほぼ「自炊の質素な食生活」を送っておるので、「銀座の寿司」など初めてである。
もっと早く連れて行ってもらえると知っていれば、1時間前に食べた「納豆ごはん」と「ツナ丼」と「味噌汁」を胃に詰め込むことはなかっただろう。
そこそこ「満腹」だったので、空腹の相方の横で、「好きなものだけ」を摘んだ。
鰯を二貫、鰹、本鮪、タコを一貫ずつ。
日々、「鰯を摂取したい」と思っているが、缶詰はあんまり美味しくない。鮮度の良い鰯はとても美味しかった。
お腹がいっぱいでもう食べられない私の横で、相方は帆立を二貫、満足そうに食べていた。
寿司屋を出たあとは、相方が見つけた「箸屋」へ。先週の食器購入を機に、相方の中で「器」というジャンルへの知的好奇心が芽生えたのかもしれない。
相方は、なぜか「亀を食べるのが好き」なので(食の方)、亀の箸置きをペアで。私は雀が好きなので(愛でる方、食べない)、すずめの箸置き。あと、うさぎ好きの相方の分もうさぎを。
その後、私の希望で「うおがし銘茶」にて煎茶を購入。
以前、大山で登山中。
代々木八幡の登山仲間のおじいちゃんに「しゃんの煎茶」をもらって飲んだ。
あの美味さ。
それ以来、ここの茶葉は欠かせない。
試飲のひととき、銀座にいながら京都の観光地に来ている気持ちになったのもおもしろい。
さらに茅乃舎へ。
「我が家の出汁」は、これ一択だ。
2階のエリアには、「一袋1万円」もする出汁があって、二人で「へぇー」と眺めた。
一定の金額を超えると、それは「旨味」ではなく「値段」を味わう域に入るのだと思う。
「祝日の銀座」はどこも混んでいた。
「不味そうで人気のなさそうなカフェを探そうぜ」と言ってみたものの、この一等地で生き残っている時点で、それなりに需要があることを知る。
そして、「普段なら、あえて入ろうと思わない雰囲気のカフェ」へ。
テーブルがやけに大きく、大声を出さないと会話が届かない。
「パーソナルスペース的に、これは商談用の構造だな」と私が言うと、相方は「さすが」と感心していたのがおもしろかった。
「変な日記」を毎日書いているせいか、相方は私のことを「心理カウンセラー」か何かだと思っている節がある。
以前、仲の良かった権力者にも「吉田氏は占い師になれる。何もかも見透かされている気がしてならない」と言われた。多分、褒め言葉ではない。
実際のところ、私は別に「心理学」が好きなわけではない。小中高という「しんどい環境」を生き抜くための「武装」として、本を読み漁っただけだ。
子供の頃は、「人の心=心理学」だと思っていた。だが今は違う。心理学とは、「個人の感情論」ではなく、生物学的な生存戦略や、社会的な役割という「構造」の上に成り立つ生存術だと思っている。
目の前の人間がなぜその行動をとるのか、その「バグ」や「仕様」を構造として理解しておくと、無駄に傷つかずに済むし、知っていると少し生きやすい。その程度の道具だと思っている。
話を戻そう。
カフェの後は、雨上がりの「日比谷公園」を散歩した。
去年、「一緒に鯛焼きを食べた友人」が、先週ここで散歩していた写真を送ってくれたのを思い出す。
濡れた芝生の上でレジャーシートを敷き、傘を差しつつピクニックする女性たちが2組いた。あの自由さは素晴らしい。
最後は、帝国ホテルの桜。
結婚式を挙げる幸せな組と、それを眺める赤の他人組。人様の人生の絶頂という「虚構」を傍観させてもらう。
いろんな体験ができて、おもしろい1日だった。
やはり「どこに行くか」ではなく「誰といるか」で、世界の見え方は変わる。
相方、ありがとう。
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今日の食事記録_φ(・_・



































