日記
ブラームスOP.117 / 悪夢のはなし
【最後から3番目の祈り】
今日みたいに寝不足で「疲れたよー」なんて日は、こんな曲を聴きながら歩くと癒される。
ブラームス『3つの間奏曲』作品117 第1〜3番
私の推しである「スティーヴン・ハフ(Stephen Hough)」が演奏している。
この曲集は、ブラームスが死の数年前に書いた「最後から3番目」のピアノ作品集。
全曲を通して、「架空の実家」に帰宅したような「安堵感」があって心が落ち着くのだ。
(虚構で満ちた本当の実家ではなくて、架空の実家に帰りたい。)
ブラームス晩年の孤独は、拒絶ではなく「抱擁」に近い。
だからなのか。この曲を聴いていると、時折、「死への憧れ」のような感情さえ抱いてしまうことがある。
そして、夜の代々木八幡宮や山へ入り、虫や動物、木々に囲まれていると、いつかここに帰るのだ!という、「当たり前の居場所」を見つけたような確信に満たされる。
ヘルマン・ヘッセの文学を引くまでもなく、こうした内省的な孤独を愛でるドイツ的感性と、日本人の精神構造は相性が良いのかもしれない。
まあでも、ブラームスやヘッセは孤独を「抱擁」するけど、昔の日本人の男たちは少し違う気がする。芥川龍之介なんて、自らの終わりを女性と共に分かち合い、心中という形で幕を引くし。
孤独を一人で完成させるドイツ的な潔さもいいが、誰かを巻き込んで散っていく、かつての日本の男たちが纏っていた特有の「色気」に、私はどうしようもなく惹かれてしまうのであーる。
【湿った枕と、老婆と、うさぎの絶叫】
昨夜は全く睡魔が訪れず、ようやく眠りにつけたのは深夜3時を過ぎてからだった。
原因は、おそらく「枕カバー」にある。
私は枕カバーを「毎日」洗うのだが、冬場は暖房の乾燥を利用して乾かしている。
ところが昨日は暖かくエアコンをつけなかった。おまけに花粉を避けて「室内干し」にしていたため、寝る直前になって、まだ「カバーがかなり湿っている」ことに気づいたのである。
ドライヤーで悪あがきをしてみたものの、手触りはジメジメとしたまま。
この世で何よりも「湿度」を嫌う私にとって、湿った枕の上に頭を乗せるなど地獄に等しい。
しかし時刻はすでに午前0時半。
世の中には乾かしたくても乾かさない環境下の人もいるのだ、と自分を納得させてそのまま横になったのだが、案の定、立て続けに悪夢を見る羽目になった。
最初の夢は、海の見える「廃墟」のような宿泊施設。
そこへ、汚らしい「老婆」が笑いながら私に向かって猛然と突進してくるのだ。
しかも双子でもう一人いるではないか。
この老婆に刺されるくらいなら、いっそベランダから飛び降りた方がマシかもしれない。いや、でも下の芝生は貧相すぎる‥
そう苦悩している間に刺されてしまい、跳ね起きた。
次に見えたのは、友人に何か酷いことをされ、私が怒りに任せて相手を睨みつけている場面だ。あろうことか「ギロリ!」とわざわざ声に出しながら。
対する友人は「はぁー?」と言い返してきたのだが、その声はなぜか『ちいかわ』の「うさぎ」。そこで私は号泣しながら目覚めた。
その後も、悪夢を見るたびに細切れに目を覚ますことになり、久々の深刻な睡眠不足に陥ったのであーるあーるアルフォート。
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今日の食事記録_φ(・_・
『竹の子供と、刺し子の図案。』
【筍の思い出】
タケノコを一定の量食べると頭痛がするのだが、同じような体質の人はいるだろうか。
そんな私にとってのタケノコが、あの「竹」の子供であることを知ったのは、二十歳の春だった。
きっかけは、家にやってきた親戚の勧めだ。
「みーちゃん、筍の刺身を食べなよ」
私は困惑した。
「刺身? 刺身といえば海の幸ではないのか。それとも、目の前のこれは魚の類なのか。いや、筍は野菜だ。」
恐る恐る口にしてみたが、味の良し悪しよりも「刺身」という言葉の響きが頭から離れない。
そこへ親戚が追い打ちをかけるような一言を放った。
「もう山に入るのも面倒で、放っておくとすぐ竹になっちゃうから‥」
衝撃だった。
「お母さん、なぜ竹の子供が筍だと教えてくれなかったのですか。それとも、普通に生きていれば自ずと知るものなのですか。私は二十歳にしてようやく、自分が『竹になる前の竹』を食べている事実に直面しましたよ‥」
そう心の中で呟くつもりが、つい口から漏れ出てしまったらしい。
それを聞いた母は、信じられないものを見るような目で私を見つめた。
「えっ、タケノコが竹になるって知らなかったの? 今までどうやって生きてきたのよ。恥だねえ〜」
その言葉を受け、私は心の中で言い返した。
「あんたに育てられて、生きてきたんだよ。」
【刺し子のランチョマット】
これは何に見えるだろうか。
友人の出した答えは「腹ペコ青むし」「アリ」だったが、残念ながら不正解。
ヒントは、私の地元・東海地震の時、絶対に行ってはいけない場所・母の好物・かき揚げになる。
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今日の食事記録_φ(・_・
代々木八幡宮、夜のお散歩。
「疲れたなぁ」と感じる日は、よく友人と「夜の代々木八幡宮」をお散歩します。
先日のお散歩中、境内の近くに住んでいるネコが、「お稲荷さま」から「鳥居の方」へと静かに戻っていく姿に出会いました。
石畳を歩く「足元」がたまらなく可愛くて、思わず「ハフハフ」したくなりますが、ネコアレルギーなのと、彼らのパーソナルスペースを尊重してグッと我慢。
暖かくなってきたせいか、土からはたくさんのカエルたちが這い出していました。
木々に覆われた暗がりでは、慎重に歩かないとカエルを蹴り飛ばしてしまいそうです。
有難いことに、私たちの足音を聞くと「ケケロ」と「草の上を一跳ね」して存在を知らせてくれるので、耳を澄ませば位置が把握できます。
私が何より恐れているのは、「カエルを蹴ってしまう」ことです。
人間の足のひと振りは、彼らにとっては「致命的な内出血」を招く可能性大。もし私の不注意で死なせてしまったら、それはもう「殺人」ではありませんか。
昔から、草むらや枯葉の上を歩くときも、下にいるかもしれない「虫」を潰すのが怖くて、思い切り踏み出すことができませんでした。
まるで雲の上を歩くような、浮遊感のある足取りになってしまうんですね。
そんな私をみて、友人や家族からは「虫嫌い」と言われましたが、一種の「おそれ(畏怖)」に近い感覚だと思っています。
ほら、たとえば「草むら」や「枯れ葉」の下に、「神様が眠っている」と言われたら、思いっきり踏み歩くのは無理じゃないですか?
そんな話を友人にしたら、「日本人だね」と言われました。
調べてみると、虫の音を「ノイズ(雑音)」ではなく「声(歌)」として「左脳(言語脳)」で処理するのは、世界でも「日本人」と「ポリネシア人」だけだという説があるそうです。
「万物に神が宿る」と考え、小さな命の訴えを「言葉」として聞き取ってしまう日本人とポリネシア人。おもしろいですなあ。
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今日の食事記録_φ(・_・
(由比のオリーブオイルツナ缶がほんと好きすぎて、2日に1回食べてる。半年に1回100缶注文してる。そろそろ注文の時期か‥)
(鶴醤の醤油をリピするのはやめようと思っていたけど、地味に悩む。刺身同様にアボカドとも相性が良き。美味!)
(あんまり食欲ないけど、血糖値が低下する前にまたもや納豆)
(厚揚げの生姜煮を久しぶりに作ったけど美味い。これは、友人たちから1番好評で、そこそこ自信あるべさ。)
(毎度ながら、腐敗しないカットフルーツの理由がよく分かる味がした。ただ、パイナップルだけ薬剤の味がしないんだけど、なんでだろ。)
(久々に食べたもずくキムチ。たまに、卵かけご飯にのせて食べると美味しい。もう当分いらないかな。)
アスキーアート「安西先生 AA」刺し子のランチョマット
「アスキーアートの安西先生」を、刺し子で縫い上げてみました。わーい。
今回は「三枚重ね」という贅沢な構造に挑んだため、過去のどの作品よりも圧倒的な厚みと、ずっしりとした手応えを備えた一品に仕上がったのでありまする。
しかし、完成した実物を眺めると、一抹の懸念がよぎる‥。
四方をミシンではなく「下手な手縫い」で仕留めたため、この「重厚な布塊」を支えるには強度が若干心許ない。
おまけに厚みが増し、白い布地が前面に出た結果、どことなく「使い込まれた高級な雑巾」のような風情が漂い始めています‥。
まあ、頑張って作ったからいっか( ´ ▽ ` )
友人が作った「器」を添えてみる。
これも前作「モナー AA」同様に、使い込まれるほど味が出そうだな。
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今日の食事記録
能動的「好き」の快楽。受動的な幸福に、用はないのだ。
「みーちゃん、これからは今までしなかったことをしてみなよ!」
今朝、友人からそんなことを言われ、さっそく「近所のカフェ」へと行ってみた。
場所は、ココカラファインのほぼ正面。
おそらく最近オープンしたばかり。
店内は「陽当たりのいい表席」と、奥まった「照明必須の隠れ家席」に二分されている。
「紫外線」から肌を死守したい私にとって、迷わず選ぶのは後者の「暗黒席」である。
アイスカフェラテを注文。
30分を目処に読書。
今の情勢下では、村上龍の『五分後の世界』が無性に読みたくなる。あるいは、ガンズ・アンド・ローゼズの『Civil War』を爆音で脳内に流したくなる。起きている事象を俯瞰しなければ、この狂った世界に呑み込まれてしまいそうではないか⌯᷄︎ ̫ ⌯᷅︎
おっと、思考が荒野へ逸れた。
話を戻そう。
刺し子の下書きに使っていた「モナー」の残骸を破り、しおり代わりに使っていたところ、店員の女性が「そのしおり、おもしろいですね」と声をかけてくれた。
その、笑顔とコミュニケーション能力。
「推し」になりそうな予感に胸が躍る。
「本推し」のひとりは、担当の美容師である。前回のカット時、「また来ます」と告げた私に、推しは言った。
「でも吉田さん、半年に一回しか切らないっすよね? じゃあ、ヘッドスパだけでも来てくださいよ」
この商売っ気のない、しかし確かな「求められている感」に、私は密かにときめいたのである。
困ったことに、美容院のシャンプーは髪がサラサラになりすぎる。一週間ほどはゴムで縛ってもスルスルと解けてしまうのだ。
いっそ、普段愛用している「牛乳石鹸シャンプー」を持参して、それで「洗髪をお願いします」と頼んでみようか。
本推しは、きっと「マジでやばくないっすか?」と笑うだろうな。
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今日の食事記録
(由比缶詰所のオリーブオイルツナ缶、ほんと美味しい!)
(昨日の残りの鯖缶の鯖。鯖つゆのない2日目は、バターとマヨネーズを入れて煮込むとマイルドな味になる。)


































