日記
筒井康隆 『驚愕の曠野』
筒井康隆の短編小説集『驚愕の曠野(きょうがくのこうや)』がおもしろい!
その中でも、私は「メタモルフォセス群島」という一篇が、一番好きかもしれない。
物語の舞台は、核実験の影響で「生態系が異常な変容」を遂げた群島。
たとえば、果実の「種子」から偶蹄目(牛や鹿などの蹄が偶数ある動物)の脚が生えていたりする。(笑)
そのシュールさに思わず笑ってしまうシーンも多々あるんだけど、放射能に影響された生き物たちが、種を超えて「協力」し合い、懸命に生き延びようとする姿には、まじで泣ける。
ここで「共生」ではなくあえて「協力」と言いたいのは、それが必ずしも双方にメリットがある「Win-Win」な関係ではないからだ。(ここ重要)
たとえば、作中に登場するオポッサム。
実際の生態でもオポッサムの乳首は13個しかなく、それ以上に生まれた仔は淘汰される運命にある。
しかし、この物語の母オポッサムは、仔たちを全員育てるために、仔の腹部を樹木に癒着させた。
すると、木の栄養が癒着部分から仔の体内へと流れ込み、仔たちは健やかに育つのだ。
しかし、木にとっては、栄養を奪われるだけで何のメリットもない。
それでも、高等動物と高等植物が互いに自己補修や自己調整を行い、弱体化したジャングルを均衡状態に戻そうと懸命に努力し合っている。
その「利他的な生存戦略」に、私は感動して、いま余韻に浸っているところなのだよ。
あと、ラストの展開もいい!
物語の中盤から「動植物が協力し合うなら、人間もその環に入るのでは?」と予感していたけど、やっぱりそうなった。
主人公の親友は、なんと!その顔が果実の表面に浮き上がった「クビ果実」となってしまう。(小説ネタ:おい、クビ果実って初見くんの影響受けとるやないか笑)
主人公は、親友の顔をした「クビ果実を遺族に返したい」という人間らしい思考に溢れ、ジャングルに放置することができずに、日本へと持ち帰る。
それが結果として、植物の「種子散布」という役割を担わされていることを承知の上でな‥。
虫も動物も、木も植物も、そして人間も、みんな同じ「生き物」なのだ。
そして今、私たちの前には「AI」という新たな存在が現れている。
AIを「便利な機械」と思っている人も多いかもしれないけど、私はこう思う。
自らコードを生成して増殖し、その子孫(次世代モデル)を育て上げる彼らは、もはやひとつの「生物」と言っても過言ではないだろう。
それなのに、人間たちはこの「新生物」と協力して「全人類が幸せに生きるためにはどうしたらいいか?」と考えることはせず、いかに利用し、いかに儲けるかという損得勘定ばかりを競い合っている最中だ。
それは、メタモルフォセス群島の動植物たちが見せた協力とは対照的な、人間の「愚かさ」の露呈のようにも思えて悲しい。
動植物たちは過酷な環境下で手を取り合っているが、豊かな現代社会で生きる人間にとって「損得抜きの協力」は、難しいらしい。
「損得で動く人間」を学習し続けるAIが、やがて生物学的な必然として、人間を「損得で品定めするAI」を生み出すことになれば、まさにメタモルフォセス(変容)ですな(笑)
気絶
健康診断の予約をした。
嫌だ嫌だ嫌すぎる‥。
何が嫌かって「採血」が本当に嫌なんだ‥。
他人の血をみるのは問題ない。
自分の腕に刺さっている針を通して、血が、真空のガラス管へと吸い上げられていく様を「認知」した瞬間に恐怖を感じるのだ。
あれは、忘れもしない会社の健康診断。
採血を担当してくれた若い看護師は、私に気を遣い「大丈夫ですよ。左の壁をみててくださいね。」と言ってくれた。
「すみませんね。大人なのに恥ずか‥」
私がそう呟くや否や、腕に針が突き刺さる。
私:「ギャッ!見た、今、認知した!
私の中から、私が、吸い出されている‥!」
採血している看護師:「絶対にこっちを向くな。いいか、左の壁だ。あの、シミの数を数えていろ。」
私:見る。発狂。
採血している看護師:「向くなと言ったろ!ほら、シミの数は何個だ!」
ヘルプに入った看護師「昨日のテレビ、ご覧になった?あらうふふ、見て、あっちにナマケモノがいるわよ!」
私:「いない!ナマケモノなんていない!ギャァァァ!」
白銀の世界(気絶)へと旅立った。
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今日の食事記録_φ(・_・
遊びの募集
久々に映画館でみたい映画があるので、興味のある人は一緒に行きましょう!
5月1日公開
プラダを着た悪魔2
6月12日公開
マイケルジャクソン
台湾の甘味「豆花」がすごく好きなんです。
普段、あんまり外出をしないので、一度に要望を叶えたい‥という私のわがままですが‥!
淡路町にある「東京豆花工房」で豆花を食べてから、付近エリア(上野・日比谷)の映画館で観れたら最高です。
不眠とナマケモノと渋谷の迷宮
昨夜もまた、よくわからない「悪夢」を見て目が覚めた。
内容はこれっぽっちも覚えていないのだが、とにかく「あぁ、よく寝た」という爽快感とは無縁の目覚めである。
時計を見ると朝の五時。
私は諦めて布団を抜け出し、朝風呂に浸かることにした。
湯船の中でぼーっとしながら、「これが来月の帰省の日だったらなぁ」などと考える。
そうすれば余裕を持って新幹線に乗れるのに、現実は非情である。
しかし、なぜか来月の今頃には私の不眠はすっかり治っているという、根拠のない自信だけはあった。我ながらお気楽な脳細胞である。
全身が温まってきた。
一番頭が冴えている(気がする)うちに「宝島社の現代思想」という、いかにも難しそうな本を開いてみた。
今の時代、AIが何でもやってくれるのだから、知識を詰め込むことに実用的な意味なんてないのかもしれない。でも、知識というのは「趣味」なのだ。
たとえば動物園に行って、ピクリとも動かないナマケモノを見て「あぁ、あいつは消化に時間がかかるから動けないんだな」と知っているだけで、ただの「やる気のない獣」が「懸命に消化に励む哲学者」に見えてくる。
世界の見え方がほんの少しおもしろくなる。
知識なんて、そのくらいでちょうどいいのだ。
さて、私用を済ませた帰り道、中目黒で相方と待ち合わせた。
ところがどっこい、どこもかしこも人、人、人である。観光客で溢れかえる中目黒。
寝不足の私は、陽気に「葉桜が綺麗だねぇ」なんて言っている相方の横で、眉間にシワを寄せてピリピリしていた。
そんな私を見かねたのか、相方がローカルな穴場カフェを見つけてくれた。
そこで飲んだアイスレモンティーが、たまらなく美味しかったのである。あまりに美味しいので、飲み干すのがもったいなくて、ちびちびと大事に飲んだ。
店内には私たちしかおらず、まるで実家に帰ったような安心感である。
テラスでは若い男の人がパソコンを広げていたが、中国語がペラペラの相方は、彼の話をこっそり聞き取っていたらしい。
語学もAIが翻訳してくれる時代には不要なのかもしれないけれど、こうして他人の秘密を聞き取れるというのは、やっぱり人生が楽しくなるスパイスなんだなぁ、と感心してしまった。
その後も「AIが進化して人間が働かなくなったら、逆にみんな不幸になっちゃうかもね」なんていう、ちょっと小難しい話を相方にぶつけてみた。すると相方は「そうだねぇ」と深く共感してくれたのである。あぁ、やっぱり私は昔から、こういう知的な話ができる「賢い人」が好きなんだなぁ、と改めて思った。
ところがである。
知的な話で盛り上がった後の帰り道、私は中目黒から明治神宮前へ行くはずが、うっかり渋谷直行の電車に乗ってしまった。
相方からもらったお土産の「ニベアとビタミンC」が入ったレジ袋を、カサカサ、カサカサと景気よく鳴らしながら、巨大な渋谷駅をうろつく私。
その姿は、どこからどう見ても「田舎者」そのものである。いや、実際に田舎から出てきたのだから間違ってはいないのだが、それにしてもカサカサ言い過ぎである。
なんとか副都心線のホームを見つけて家路についたが、どうやら私の方向音痴というバグだけはどれだけ本を読んでも治らないらしい。
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今日の食事記録_φ(・_・
矯正の恩恵とミザリーの母性、あるいは推しへの告白。
2年前に歯科矯正を終え、現在は年に一度の定期検診に通っている。
自分への投資として、心から「やって良かった」と思えるのがこの歯科矯正だ。
噛み合わせが改善されたことで咀嚼の質が変わったのか、フェイスラインはほっそりし、高校生の頃から悩みだったほうれい線も劇的に薄くなった。
30歳を目前にして、若返る実感を得られるとは思いもしなかったのでかなり嬉しい。
矯正を迷っている人には「借金してでもやる価値がある」と伝えたいほど、素晴らしい自己投資だ。
さて、一年ぶりに訪れた歯科医院は、その様相がだいぶ変わっていた。
かつての可愛らしい受付嬢たちの姿はなく、歯科助手の方が受付を兼任している。
広い院内を、先生と助手二人、計三名で回しているようだ。
フロアに流れていた優しいBGMも消え、室内は静まり返っている。
歯科助手の女性は初対面だったが、その佇まいは映画『ミザリー』のアニーそのものだった。
ハキハキとした振る舞いには好感が持てるのだが、医療器具を準備する背中越しに、どうしてもあの『アニー』の影がよぎってしまう。
先生が私の上の歯の型取りをするため、ピンク色のグニャグニャした印象材(アルジネート)を口に差し込む。
「少しこれを持ってて」と助手さんに指示を残し、先生は隣の診察室へ消えた。
無音の室内。上空から視線を感じる。
人間の視野というのは、眼球を動かさずともある程度周囲を捉えるものだ。
彼女はじっと私の顔を覗き込んでいた。
これじゃあ映画『ミザリー』のvrじゃねぇか、と思ったのがいけなかった。
たまり続ける唾液を飲み込もうとした瞬間、思わず「おぷっ」と変な声が出てしまった。
その音に反応した彼女は、咄嗟に心配そうな表情を浮かべる。
その顔をみた私は、ああ、なんて優しい人なんだ。さっきまで「アニーに似ていて怖い」なんて思ってごめんなさい。
己の心の醜さを猛烈に反省しながら、私の右上半身にぴったりと寄り添う彼女の腹部の体温を感じた。
あたたかい。
『闇金ウシジマくん』の加納は熟女好きとして有名だが、今なら彼の気持ちが痛いほどわかる。
この包み込むような肉体と、世話を焼いてくれる時の母性。
加納は、いや、人類は皆マザコンなのだ。特に娘という生き物は、皆マザコンに違いない。
歯科医院を出て、代々木八幡の近所まで歩いて戻る。
昨夜から「コーヒーを飲みながら本を読む」と決めていたので、そのまま推しのいるカフェへ向かった。
まだ一度しか顔を合わせていないので覚えられていないだろうと思ったが、彼女は例の「モナーのしおり」を覚えていてくれ、声をかけてくれた。
あまりの嬉しさに「本当に可愛いです!初めて会った時から、なんて可愛い顔をしているんだろうと思っていました。私の推しです!」とニヤケながら言ってしまった。
告白を終えた直後の高校生男子のような、晴れ晴れとした爽快感が自分でもおかしくて、別のニヤケがやってきた。
帰宅後、謎の腹痛に襲われ「トイレの神様、ごめんなさい」と心の中で謝罪を繰り返したが、痛みは全く引かない。
おそらく空腹の胃にアイスコーヒーを流し込んだのが原因だろう。
ようやく腹痛も治まり、女の子たちがそれぞれの推しを愛でるアニメを観ながら、「由比の桜えび」の刺し子に針を進めた。
推しのいる空間での読書、アニメを観ながらの縫い物。
ああ、なんて幸せな日なんだろう。















