日記
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不眠とナマケモノと渋谷の迷宮
昨夜もまた、よくわからない「悪夢」を見て目が覚めた。
内容はこれっぽっちも覚えていないのだが、とにかく「あぁ、よく寝た」という爽快感とは無縁の目覚めである。
時計を見ると朝の五時。
私は諦めて布団を抜け出し、朝風呂に浸かることにした。
湯船の中でぼーっとしながら、「これが来月の帰省の日だったらなぁ」などと考える。
そうすれば余裕を持って新幹線に乗れるのに、現実は非情である。
しかし、なぜか来月の今頃には私の不眠はすっかり治っているという、根拠のない自信だけはあった。我ながらお気楽な脳細胞である。
全身が温まってきた。
一番頭が冴えている(気がする)うちに「宝島社の現代思想」という、いかにも難しそうな本を開いてみた。
今の時代、AIが何でもやってくれるのだから、知識を詰め込むことに実用的な意味なんてないのかもしれない。でも、知識というのは「趣味」なのだ。
たとえば動物園に行って、ピクリとも動かないナマケモノを見て「あぁ、あいつは消化に時間がかかるから動けないんだな」と知っているだけで、ただの「やる気のない獣」が「懸命に消化に励む哲学者」に見えてくる。
世界の見え方がほんの少しおもしろくなる。
知識なんて、そのくらいでちょうどいいのだ。
さて、私用を済ませた帰り道、中目黒で相方と待ち合わせた。
ところがどっこい、どこもかしこも人、人、人である。観光客で溢れかえる中目黒。
寝不足の私は、陽気に「葉桜が綺麗だねぇ」なんて言っている相方の横で、眉間にシワを寄せてピリピリしていた。
そんな私を見かねたのか、相方がローカルな穴場カフェを見つけてくれた。
そこで飲んだアイスレモンティーが、たまらなく美味しかったのである。あまりに美味しいので、飲み干すのがもったいなくて、ちびちびと大事に飲んだ。
店内には私たちしかおらず、まるで実家に帰ったような安心感である。
テラスでは若い男の人がパソコンを広げていたが、中国語がペラペラの相方は、彼の話をこっそり聞き取っていたらしい。
語学もAIが翻訳してくれる時代には不要なのかもしれないけれど、こうして他人の秘密を聞き取れるというのは、やっぱり人生が楽しくなるスパイスなんだなぁ、と感心してしまった。
その後も「AIが進化して人間が働かなくなったら、逆にみんな不幸になっちゃうかもね」なんていう、ちょっと小難しい話を相方にぶつけてみた。すると相方は「そうだねぇ」と深く共感してくれたのである。あぁ、やっぱり私は昔から、こういう知的な話ができる「賢い人」が好きなんだなぁ、と改めて思った。
ところがである。
知的な話で盛り上がった後の帰り道、私は中目黒から明治神宮前へ行くはずが、うっかり渋谷直行の電車に乗ってしまった。
相方からもらったお土産の「ニベアとビタミンC」が入ったレジ袋を、カサカサ、カサカサと景気よく鳴らしながら、巨大な渋谷駅をうろつく私。
その姿は、どこからどう見ても「田舎者」そのものである。いや、実際に田舎から出てきたのだから間違ってはいないのだが、それにしてもカサカサ言い過ぎである。
なんとか副都心線のホームを見つけて家路についたが、どうやら私の方向音痴というバグだけはどれだけ本を読んでも治らないらしい。
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今日の食事記録_φ(・_・
矯正の恩恵とミザリーの母性、あるいは推しへの告白。
2年前に歯科矯正を終え、現在は年に一度の定期検診に通っている。
自分への投資として、心から「やって良かった」と思えるのがこの歯科矯正だ。
噛み合わせが改善されたことで咀嚼の質が変わったのか、フェイスラインはほっそりし、高校生の頃から悩みだったほうれい線も劇的に薄くなった。
30歳を目前にして、若返る実感を得られるとは思いもしなかったのでかなり嬉しい。
矯正を迷っている人には「借金してでもやる価値がある」と伝えたいほど、素晴らしい自己投資だ。
さて、一年ぶりに訪れた歯科医院は、その様相がだいぶ変わっていた。
かつての可愛らしい受付嬢たちの姿はなく、歯科助手の方が受付を兼任している。
広い院内を、先生と助手二人、計三名で回しているようだ。
フロアに流れていた優しいBGMも消え、室内は静まり返っている。
歯科助手の女性は初対面だったが、その佇まいは映画『ミザリー』のアニーそのものだった。
ハキハキとした振る舞いには好感が持てるのだが、医療器具を準備する背中越しに、どうしてもあの『アニー』の影がよぎってしまう。
先生が私の上の歯の型取りをするため、ピンク色のグニャグニャした印象材(アルジネート)を口に差し込む。
「少しこれを持ってて」と助手さんに指示を残し、先生は隣の診察室へ消えた。
無音の室内。上空から視線を感じる。
人間の視野というのは、眼球を動かさずともある程度周囲を捉えるものだ。
彼女はじっと私の顔を覗き込んでいた。
これじゃあ映画『ミザリー』のvrじゃねぇか、と思ったのがいけなかった。
たまり続ける唾液を飲み込もうとした瞬間、思わず「おぷっ」と変な声が出てしまった。
その音に反応した彼女は、咄嗟に心配そうな表情を浮かべる。
その顔をみた私は、ああ、なんて優しい人なんだ。さっきまで「アニーに似ていて怖い」なんて思ってごめんなさい。
己の心の醜さを猛烈に反省しながら、私の右上半身にぴったりと寄り添う彼女の腹部の体温を感じた。
あたたかい。
『闇金ウシジマくん』の加納は熟女好きとして有名だが、今なら彼の気持ちが痛いほどわかる。
この包み込むような肉体と、世話を焼いてくれる時の母性。
加納は、いや、人類は皆マザコンなのだ。特に娘という生き物は、皆マザコンに違いない。
歯科医院を出て、代々木八幡の近所まで歩いて戻る。
昨夜から「コーヒーを飲みながら本を読む」と決めていたので、そのまま推しのいるカフェへ向かった。
まだ一度しか顔を合わせていないので覚えられていないだろうと思ったが、彼女は例の「モナーのしおり」を覚えていてくれ、声をかけてくれた。
あまりの嬉しさに「本当に可愛いです!初めて会った時から、なんて可愛い顔をしているんだろうと思っていました。私の推しです!」とニヤケながら言ってしまった。
告白を終えた直後の高校生男子のような、晴れ晴れとした爽快感が自分でもおかしくて、別のニヤケがやってきた。
帰宅後、謎の腹痛に襲われ「トイレの神様、ごめんなさい」と心の中で謝罪を繰り返したが、痛みは全く引かない。
おそらく空腹の胃にアイスコーヒーを流し込んだのが原因だろう。
ようやく腹痛も治まり、女の子たちがそれぞれの推しを愛でるアニメを観ながら、「由比の桜えび」の刺し子に針を進めた。
推しのいる空間での読書、アニメを観ながらの縫い物。
ああ、なんて幸せな日なんだろう。
ブラームスOP.117 / 悪夢のはなし
【最後から3番目の祈り】
今日みたいに寝不足で「疲れたよー」なんて日は、こんな曲を聴きながら歩くと癒される。
ブラームス『3つの間奏曲』作品117 第1〜3番
私の推しである「スティーヴン・ハフ(Stephen Hough)」が演奏している。
この曲集は、ブラームスが死の数年前に書いた「最後から3番目」のピアノ作品集。
全曲を通して、「架空の実家」に帰宅したような「安堵感」があって心が落ち着くのだ。
(虚構で満ちた本当の実家ではなくて、架空の実家に帰りたい。)
ブラームス晩年の孤独は、拒絶ではなく「抱擁」に近い。
だからなのか。この曲を聴いていると、時折、「死への憧れ」のような感情さえ抱いてしまうことがある。
そして、夜の代々木八幡宮や山へ入り、虫や動物、木々に囲まれていると、いつかここに帰るのだ!という、「当たり前の居場所」を見つけたような確信に満たされる。
ヘルマン・ヘッセの文学を引くまでもなく、こうした内省的な孤独を愛でるドイツ的感性と、日本人の精神構造は相性が良いのかもしれない。
まあでも、ブラームスやヘッセは孤独を「抱擁」するけど、昔の日本人の男たちは少し違う気がする。芥川龍之介なんて、自らの終わりを女性と共に分かち合い、心中という形で幕を引くし。
孤独を一人で完成させるドイツ的な潔さもいいが、誰かを巻き込んで散っていく、かつての日本の男たちが纏っていた特有の「色気」に、私はどうしようもなく惹かれてしまうのであーる。
【湿った枕と、老婆と、うさぎの絶叫】
昨夜は全く睡魔が訪れず、ようやく眠りにつけたのは深夜3時を過ぎてからだった。
原因は、おそらく「枕カバー」にある。
私は枕カバーを「毎日」洗うのだが、冬場は暖房の乾燥を利用して乾かしている。
ところが昨日は暖かくエアコンをつけなかった。おまけに花粉を避けて「室内干し」にしていたため、寝る直前になって、まだ「カバーがかなり湿っている」ことに気づいたのである。
ドライヤーで悪あがきをしてみたものの、手触りはジメジメとしたまま。
この世で何よりも「湿度」を嫌う私にとって、湿った枕の上に頭を乗せるなど地獄に等しい。
しかし時刻はすでに午前0時半。
世の中には乾かしたくても乾かさない環境下の人もいるのだ、と自分を納得させてそのまま横になったのだが、案の定、立て続けに悪夢を見る羽目になった。
最初の夢は、海の見える「廃墟」のような宿泊施設。
そこへ、汚らしい「老婆」が笑いながら私に向かって猛然と突進してくるのだ。
しかも双子でもう一人いるではないか。
この老婆に刺されるくらいなら、いっそベランダから飛び降りた方がマシかもしれない。いや、でも下の芝生は貧相すぎる‥
そう苦悩している間に刺されてしまい、跳ね起きた。
次に見えたのは、友人に何か酷いことをされ、私が怒りに任せて相手を睨みつけている場面だ。あろうことか「ギロリ!」とわざわざ声に出しながら。
対する友人は「はぁー?」と言い返してきたのだが、その声はなぜか『ちいかわ』の「うさぎ」。そこで私は号泣しながら目覚めた。
その後も、悪夢を見るたびに細切れに目を覚ますことになり、久々の深刻な睡眠不足に陥ったのであーるあーるアルフォート。
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今日の食事記録_φ(・_・
『竹の子供と、刺し子の図案。』
【筍の思い出】
タケノコを一定の量食べると頭痛がするのだが、同じような体質の人はいるだろうか。
そんな私にとってのタケノコが、あの「竹」の子供であることを知ったのは、二十歳の春だった。
きっかけは、家にやってきた親戚の勧めだ。
「みーちゃん、筍の刺身を食べなよ」
私は困惑した。
「刺身? 刺身といえば海の幸ではないのか。それとも、目の前のこれは魚の類なのか。いや、筍は野菜だ。」
恐る恐る口にしてみたが、味の良し悪しよりも「刺身」という言葉の響きが頭から離れない。
そこへ親戚が追い打ちをかけるような一言を放った。
「もう山に入るのも面倒で、放っておくとすぐ竹になっちゃうから‥」
衝撃だった。
「お母さん、なぜ竹の子供が筍だと教えてくれなかったのですか。それとも、普通に生きていれば自ずと知るものなのですか。私は二十歳にしてようやく、自分が『竹になる前の竹』を食べている事実に直面しましたよ‥」
そう心の中で呟くつもりが、つい口から漏れ出てしまったらしい。
それを聞いた母は、信じられないものを見るような目で私を見つめた。
「えっ、タケノコが竹になるって知らなかったの? 今までどうやって生きてきたのよ。恥だねえ〜」
その言葉を受け、私は心の中で言い返した。
「あんたに育てられて、生きてきたんだよ。」
【刺し子のランチョマット】
これは何に見えるだろうか。
友人の出した答えは「腹ペコ青むし」「アリ」だったが、残念ながら不正解。
ヒントは、私の地元・東海地震の時、絶対に行ってはいけない場所・母の好物・かき揚げになる。
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今日の食事記録_φ(・_・
代々木八幡宮、夜のお散歩。
「疲れたなぁ」と感じる日は、よく友人と「夜の代々木八幡宮」をお散歩します。
先日のお散歩中、境内の近くに住んでいるネコが、「お稲荷さま」から「鳥居の方」へと静かに戻っていく姿に出会いました。
石畳を歩く「足元」がたまらなく可愛くて、思わず「ハフハフ」したくなりますが、ネコアレルギーなのと、彼らのパーソナルスペースを尊重してグッと我慢。
暖かくなってきたせいか、土からはたくさんのカエルたちが這い出していました。
木々に覆われた暗がりでは、慎重に歩かないとカエルを蹴り飛ばしてしまいそうです。
有難いことに、私たちの足音を聞くと「ケケロ」と「草の上を一跳ね」して存在を知らせてくれるので、耳を澄ませば位置が把握できます。
私が何より恐れているのは、「カエルを蹴ってしまう」ことです。
人間の足のひと振りは、彼らにとっては「致命的な内出血」を招く可能性大。もし私の不注意で死なせてしまったら、それはもう「殺人」ではありませんか。
昔から、草むらや枯葉の上を歩くときも、下にいるかもしれない「虫」を潰すのが怖くて、思い切り踏み出すことができませんでした。
まるで雲の上を歩くような、浮遊感のある足取りになってしまうんですね。
そんな私をみて、友人や家族からは「虫嫌い」と言われましたが、一種の「おそれ(畏怖)」に近い感覚だと思っています。
ほら、たとえば「草むら」や「枯れ葉」の下に、「神様が眠っている」と言われたら、思いっきり踏み歩くのは無理じゃないですか?
そんな話を友人にしたら、「日本人だね」と言われました。
調べてみると、虫の音を「ノイズ(雑音)」ではなく「声(歌)」として「左脳(言語脳)」で処理するのは、世界でも「日本人」と「ポリネシア人」だけだという説があるそうです。
「万物に神が宿る」と考え、小さな命の訴えを「言葉」として聞き取ってしまう日本人とポリネシア人。おもしろいですなあ。
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今日の食事記録_φ(・_・
(由比のオリーブオイルツナ缶がほんと好きすぎて、2日に1回食べてる。半年に1回100缶注文してる。そろそろ注文の時期か‥)
(鶴醤の醤油をリピするのはやめようと思っていたけど、地味に悩む。刺身同様にアボカドとも相性が良き。美味!)
(あんまり食欲ないけど、血糖値が低下する前にまたもや納豆)
(厚揚げの生姜煮を久しぶりに作ったけど美味い。これは、友人たちから1番好評で、そこそこ自信あるべさ。)
(毎度ながら、腐敗しないカットフルーツの理由がよく分かる味がした。ただ、パイナップルだけ薬剤の味がしないんだけど、なんでだろ。)
(久々に食べたもずくキムチ。たまに、卵かけご飯にのせて食べると美味しい。もう当分いらないかな。)




























